痛みをめぐる医者と患者の深い溝は埋められるか?

(写真:アフロ)

患者さんの訴えは理解されないことが多い

医師になりたての頃一番困ったのは、原因がはっきりしない痛みや疲れを訴える患者さんだった。最初患者さんの訴えを聞いて、思いつく病気の可能性を詳しく調べようとすると「いくらかかると思うの?」と先輩から諭された。特に訴えが痛みになると、個人差が大きい。40年前は鎮痛剤も多くなく、また痛みに対する麻薬の使用も厳しく制限されていたため、「気持ちの問題、他の人は我慢できている」などと真正面から取り組むことはなかった。

一方、患者さんの訴えにそのまま耳を貸す医者も問題を抱える。私が医者をしていた時代と異なり、今は多くの鎮痛剤が開発され、また慢性の痛みに対して麻薬の使用の制限が緩んでくると、患者さんの訴えに合わせて鎮痛剤を処方した結果、麻薬の過剰使用が現実の問題になっている。

平均値で見る医者と患者さんの溝

医学部で様々な病気について学び始めると、深刻な病気の症状が自分にも当てはまるのではと心配する病気恐怖症になる学生がいる。私自身も、多かれ少なかれその傾向はあったが、実際に診療に携わり、病気の頻度を実感すると、そう簡単に病気にならないこともわかってきて、病気恐怖症は消える。この様に、医者は平均値で考える上に忙しいため、個別の訴えになかなか向き合う余裕がない。結果、私の訴えを全く聞いてくれないと、患者さんの不満は深くなる。

Pain Catastrophizing特集号

私は医者をやめて長いので現状を知らないが、今でも医者の診立てと患者の訴えの間の溝を埋めるのは簡単ではないと思う。

ところが先週Journal of Applied Biobehavoral Researchの「Pain Catastrophizing」特集に目が止まった。(オープンアクセスなので誰でも読むことができる)。

Pain Catastrophizingという言葉に出会ったのは初めてだが、なんとなく痛みを大げさに訴えることかなと見ただけでわかる。読み進めると予想通り、「実際の診立てから予想されるより大げさな痛みを訴えるネガティブな気持ち」のことで、2000年以降、特に麻薬の過剰使用の問題の一環として痛み領域では注目を集めている分野になっている様だ。

特集号の内容

この特集はイントロダクションとPain Catastrophizingについての歴史的検討に続いて、

1) Catastrophizingのレベルを客観的に調べて痛みの治療を行うことが、麻薬の過剰使用を防ぐために重要であることを示した論文、

2) 工場で働く人の誰もが背中の痛みを経験するが、これがcatastrophizingされることで多くの労働損失の原因になっており、catastrophizing傾向自体を治療対象として真剣に取り組むことの重要性を示した論文、

3) 労災からの回復過程で、catastrophizing傾向が大きな影響を持ち、catastrophizing傾向の治療を適切に行うことで、実際に職場復帰が早まることを示す論文、

4) catastrophizing傾向の検査により、女性の外陰痛の程度を予測できること。また外陰痛がcatastrophizingされることで、夫の精神状態も大きく影響を受けることを示した論文、

5) カプサイシンクリーム塗布に対する痛み反応が二次痛覚過敏症とともにcatastrophizing傾向と相関することを示した論文、

など、医師の診立てと患者の評価が食い違うことが重要な問題になっている様々な状況がよく分かる様に組まれた特集だと思う。

心と体を切り離して考えることの重要性

いずれの論文も結論は、catastrophizing傾向を一つの精神症状として、痛みの原因になる体の状態とは切り離して治療することの重要性を強調している。

医師の側から見るとこの結論は、心と体を総合的に診るという最も苦手な領域に踏み込むことをいみする。

しかしもっと高いハードルは、患者さん自らが自分の症状の一部が「気から」来ていることを認める必要がある点だ。

結局医者、患者双方がこれを認めてPain Catastrophizingに取り組むためには、これまでとは全く異なる医者と患者の関係が必要になる。

Catastrophizing painの背景

この特集の最初の論文「Pain catastrophizing: A historical perspective(大げさな痛みの訴え:歴史的視点)」では、catastrophizing painの最大の原因が、「痛みのことを考えすぎて、この結果必ず大変なことが起こるのに、誰も助けてくれないと絶望すること」だと規定した上で、

1) 痛みを大げさに訴えることで、恐怖から逃れようとする気持ち、

2) 病気の症状は必ず治るはずだと、徹底的に根治を求める気持ち、

3) 他人の注意を引き付けたいという気持ち、

などが精神的背景として議論される様になってきた歴史を解説している。

そして、この問題についての科学的な論文が多く発表される様になっていること、またゲノム研究を始め客観的診断法の開発も進み、catastrophizing傾向を早期診断することで、この問題に対する治療法の開発が進んでいると締めくくっている。

この特集を読んで、この問題を医者と患者が一度一緒に考えることが、新しい医師・患者関係の構築の第一歩になる様に感じた。