大麻成分の一つTHCは老化した脳細胞を若返らせる?

(写真:ロイター/アフロ)

脳の老化は、神経細胞数が減少するとともに、脳神経細胞自体の遺伝子発現も変化し、この二つが合わさって進む。もちろんこの2種類の要因は相互に関連しているが、脳の老化を防ぐには脳細胞数の減少を抑えるとともに、残っている脳細胞自体の若返りを図ることが重要になる。

現在老化を止める薬剤の探索が進んでいるが、なんと大麻の主成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)に脳細胞の若返りを誘導する能力があることを示した研究がドイツボン大学から発表されたので紹介する (Bilkei-Gorzo et al, A chronic low dose of delta-9-tetrahydrocannabinol(THC) restores cognitive function in old mice(低量のTHC持続投与により高齢マウスの認知機能が回復する)、Nature Medicine, in press, 2017)

医療用のみならず、個人の嗜好目的で大麻使用を許可する動きが加速し、わが国でも話題になっている。ただ以前紹介したように、これまでの様々な論文から、大麻の主成分の一つTHCが脳発達を抑え、脳の萎縮を起こすことが指摘されており、少なくとも若年者の大麻常用は禁止した方がいい。

一方、難治性のてんかんや、難治性の疼痛に対して効果があることは科学的に示されているので、医療用の大麻使用には道を開いてもいいのではと思っている。

さて今日紹介する研究では大麻の主成分であるTHCを2ヶ月齢、12ヶ月齢、18ヶ月齢のマウスに、ミニポンプで低量のTHCを連続投与し、28日後に投与をやめる。5日待って体内に残ったTHCがなくなった後、様々な認知機能テストを行うと、驚くことに全てのテストで18ヶ月齢のマウスの認知機能が改善さることが発見された。

まだ認知機能の低下がそれほどでもない12ヶ月齢のマウスでは、効果が見られないテストもあるが、概ねTHCは機能改善に働いている。

最も驚くのは、同じ量を投与された2ヶ月齢のマウスでは、逆に認知機能低下が起こることで、これまで若年者の大麻使用が物忘れにつながるとする従来の結果に一致する。

以上の結果は、同じTHCが、高齢者の認知機能には良い影響、若者には悪い影響があるという、高齢者への朗報と言える。

この認知機能回復のメカニズムを突き止めようと、神経間のシナプス結合を調べると、老化マウスでだけシナプトフィジンと呼ばれる神経間のシナプス結合に必須の分子の発現が上昇し、さらに神経間結合の組織学的指標スパインの数が増えることがわかった。

この細胞学的変化のメカニズムを知るために、THC投与による遺伝子発現の変化が調べられた。

結果は驚くべきもので、老化マウス神経細胞の遺伝子発現パターンがTHC投与により、2ヶ月齢のマウスから得た脳細胞の遺伝子発現パターンに近づいてくることが明らかになった。

これとは逆に、若年マウスの脳細胞ではTHC投与により遺伝子発現パターンが老化マウスの神経細胞に似てくることが明らかになった。

遺伝子発現データの解析から、この若返りの分子機構として、サイクリックAMP及び MPK経路が活性化される結果、ヒストンアセチル化に関わるCBP遺伝子の発現が再活性化され、その結果、様々な遺伝子の染色体構造が緩んで発現が高まった、まさに若返りが起こった可能性が示された。

この可能性を確認するため、ヒストンアセチル化を抑制するAnacardic acidをTHCと同時に投与すると、THCの若返り効果が消えることが示された。

THCはカンナビノイド受容体CB1を介して神経細胞を活性化する。面白いことにこれまでの研究で、CB1遺伝子が欠損したマウスは、発達期の認知機能は正常マウスと比べ優れているにもかかわらず、老化すると急速に認知機能が低下することがわかっている。これは老化マウスのみにTHCが効果があるこの結果とも一致する。

以上をまとめると、老化に伴う神経細胞の変化の一部はCB1シグナル低下に起因しており、これをTHC投与で補うと、脳細胞が若返り、認知機能が回復するという結論になる。

高齢者にとっては画期的に思える研究結果だが、まずこれはマウスでの結果で、人間で同じことが起こるかどうかは全くわからない。さらにもっと長期間投与を続けたとき、活性化され続けた細胞が力つきることはないのかなど、まだまだ研究が必要だ。心臓細胞に対するジギタリスもそうだが、細胞は鞭を入れて走りすぎると、逆に力つきることがある。ただ脳の老化を防ぐための、面白い可能性が生まれたことは確かだ。

町で老人がマリファナをくゆらすのを見る日はまだまだ先だが、高齢者の一人として期待したい。