脂肪細胞の眼内移植により視力が失われた

(写真:ロイター/アフロ)

神戸CDBの万代さん、高橋さん、そして神戸中央市民病院の栗本さんたちのチームはThe New England Journal of Medicine(NEJM)に、iPS由来の網膜色素細胞移植を行った一人の患者さんの経過報告を発表した。すでにこのサイトで触れた様に、このプロジェクトを最初の段階から見守り、「ゴールは結果にかかわらず正確に経過を記載し、臨床のトップジャーナルに論文を出すことだ」と檄を飛ばしてきた身としては、NEJMに論文が掲載されたことを喜びたい。

このNEJMを手にとって読んだ人は、同じ号のNEJMに、しかも万代さんたちの論文に続いて加齢黄斑変性症に対する脂肪幹細胞移植を受けた3症例の論文(Kuriyan et al, Vision loss after intravitreal injection of autologous “stem ells” for AMD(加齢黄斑変性症治療の目的で行われた自己「幹細胞」硝子体内移植による視力喪失), NEJM, 376, 11, 2017)が掲載されているのを見て驚いたはずだ。

というのも、タイトルの中に「黄斑変性症」、「幹細胞」といった万代・高橋論文のキーワードと共に、「視力喪失」というとんでもない言葉が並んでいるからだ。

そしてこの論文を読んだ人の全てが、アメリカで横行する「幹細胞治療」の実態に触れ愕然とすることになる。おそらく2編の論文を対比させて読者に考えさせたいという編集者の強い意図を感じる。

もちろん、いかがわしい幹細胞移植を行ったグループ自身が書いた論文ではない。この幹細胞移植によっておこった後遺症を治療したマイアミ大学医学部の眼科からの論文で、実際にはこの治療を行った「幹細胞クリニック」を告発している論文だと言っていい。

論文では、おそらく同一の「幹細胞クリニック」で、5000ドルを払って加齢黄斑変性症の治療のために自己脂肪細胞を硝子体内に注射され、その副作用のため視力低下に至った3症例を、淡々と紹介している(と言っても実際に読むと、後遺症と戦った医師たちの苦労がよくわかり、腹立ちが抑えられなくなる論文だ)。

全ての症例で、脂肪細胞は吸引採取・洗浄後すぐに注射されている。従って、「幹細胞」を移植したなどとは到底言えない治療で、脂肪組織から吸引しただけの細胞移植だ。

詳細は専門的になるので省くが、注射直後から様々な副作用が現れ、マイアミ大学、フロリダのアイセンター、オクラホマのアイ研究所で懸命の治療が行われるが、一人は完全失明、残る二人は失明こそ免れたものの、視力が大きく損なわれたことが報告されている。

副作用は多彩で、おそらく注射液に混じっていたと思われるトリプシンによる毛様小帯の障害まで起こっている。主なものは注射による眼圧上昇、網膜血管血流ブロック、そして網膜剥離などが複合して、懸命の治療にもかかわらず、視力が低下しているが、諸般の状況からみて移植された脂肪細胞自体が異常を引き起こしたと考えざるをえない。

驚くのは、「幹細胞クリニック」という看板を掲げた医師が、前臨床研究での効果や安全性の検討がほとんどできていない治療法を、治験を登録する公的機関Clinical Trial Governmentに登録し、その登録を見た患者さんが、治験であるとの認識のないまま、しかも5000ドルも払って脂肪細胞移植を受けいることだ。しかも移植を行ったクリニックは、それに起因する副作用に関して知らん顔だという点だ。

長年にわたっての前臨床研究、何重ものプロトコルと安全性の管理、何重もの審査を経てようやくたどり着いた高橋さんたちの症例の対極に、この3症例は存在しており、わざわざこの論文を万代論文に続けて掲載した編集者の意図に賛意を表したいと思う。

トランプ政権はFDAの規制を緩和し、薬剤や治療法の選択を経済原理に従わせようとしている様だが、その結果何が起こるのかがよくわかる論文だ。我が国にも多くの幹細胞クリニックはあり、決して対岸の火事ではない。その意味でこの論文は、万代、高橋論文とともに一般にも紹介すべき論文だと思う。