ミトコンドリアゲノムが明らかにした母系の土着性(オーストラリア原住民アボリジニ)

(写真:アフロ)

ゲノム考古学の最後は、古代人ゲノムについてではなく、今生きている民族のゲノムから古代を再構築する話を紹介する。対象はオーストラリアの原住民アボリジニだ。

アボリジニは五万年前、まだオーストラリアとニューギニアが陸続きだった頃、オーストラリアに移住した民族だ。9000年前、海面の上昇でオーストラリアがニューギニアから孤立して以降も、気候条件が厳しいオーストラリアに残り繁栄していた。しかし、ヨーロッパから白人が移住しはじめると、動物同然の扱いを受け、一時絶滅寸前にまで減少した悲劇の民族だ。

差別による虐殺が行われた最大の要因は、最初に移住した白人の多くが、社会からはじき出された犯罪者だったためだと言われている。そうだとすると、社会に不適合な人たちほど民族の優位性を唱え、他民族を差別する傾向が強いこと、そしてその結果何がもたらされるのかを、アボリジニの悲劇は私たちに教えてくれている。

悲劇が起こる前にはアボリジニはオーストラリアの厳しい環境を克服して繁栄していたと考えられるが、北部オーストラリア大陸に移住してからの歴史はほとんどわかっていなかった。

この解明を目指し、アボリジニのゲノム解析が始まっている。昨年9月、アボリジの全ゲノム解析から、約四万年前にニューギニアのアボリジと分離したこと、さらに一万年前まで東アジア人との性的交流があったことを示した論文が発表されている(これについては私のブログを参照してほしい)。

詳しい説明は省くが、全ゲノム解析は性的交流の痕跡を見つけるには優れているが、逆に何回にもわたって遺伝子が流入すると、民族の分離時期の計算が難しくなる。これを補うために、母親からだけ受け継がれるミトコンドリア遺伝子情報は母系の分離や融合を知るのに重要だ。

実際、ネアンデルタール人と現代人の性的交流があったとはいえ、決して両者で混血が進み一つの人種へと融合することはなかった。これについてはミトコンドリアゲノムを解読することで確認できる。事実、ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムが初めて解読された時、現代人との遺伝子交換がなかったことが明らかになっている。

前置きが長くなったが、今日紹介するオーストラリアアデレード大学からの論文はオーストラリア内の地理的由来、すなわち土着性ががはっきりしている111人のアボリジニのミトコンドリアゲノムを解読し、アボリジニのオーストラリアでの五万年の歴史を再構成しようと試みた研究でNatureオンライン版に掲載された(Tobler et al, Nature, Aboriginal mitogenomes reveal 50,000 years of regionalism in Australia(アボリジニのミトコンドリアゲノムはオーストラリアでの五万年の地域主義的歴史を教えてくれる),doi:10.1038/nature21416, 2017)。

この研究の特徴は、ミトコンドリアゲノムから得られる歴史と、そのゲノムの持ち主の地理的由来を正確に対応させた点だ。

具体的には、111人のミトコンドリアゲノムを解読し、54種類のミトコンドリア型を分類し、それぞれのミトコンドリア型の系統関係と、地理的な分布を対応させている。

ミトコンドリアゲノムから計算されるアボリジのオーストラリアへの移住時期は4.3-4.8万年前になる。大体これまでの推定と同じだが、この結論をさらに確かめるため、ニューギニアとオーストラリアが陸続だった時代の古い遺跡を、炭素同位元素を用いて時代測定し、この計算結果を慎重に検証している。

驚くことに、それから四万年間、ニューギニアとは陸続きだったにもかかわらず、ミトコンドリア型で見た時、オーストラリア移住後は、アジアやニューギニアとの交流がほとんどなかった点だ。これは全ゲノム解析による結果とは異なっているが、性的交流が核内のゲノムに痕跡を残しても、ミトコンドリアゲノムが代表する母系の系統は揺るぎなかったことを示している。

次にそれぞれのミトコンドリア型の地理的分布を調べ、オーストラリア大陸の東西で完全にミトコンドリア型が分離していることを発見する。一方、移住が始まった地域と、その後5千年から一万年かけて最後に到達した南部地域には、全てのミトコンドリア型を認めることができる。これらの結果を総合すると、オーストラリア移住前にすでに多様化していたアボリジニは、移住後、一群は東海岸に沿って、残りは西海岸に沿って広がったと推定できる。そしてオーストラリア内で異なるミトコンドリア型同士の交流がほとんどなかったと考えられる。

この海岸線に沿った移動期間中、氷河期を含む大きな気候変化が起こっているが、ほとんどのミトコンドリア型がこの気候激変を乗り切っっている。その後7千年前からの気候の温暖化が始まると、南部で急速に人口を増やし、繁栄期を迎えている。

この研究が明らかにした最も重要な発見は、ミトコンドリア型の分布が小さな地域単位で完全に分離していることで、最南部で民族同士が出会い、また気候改善で人口が増大した後も、ミトコンドリア型の分布は分離したままだ。すなわち、アボリジニ部族間の融合がほとんど起こっていない。

この分離は現代のアボリジニにも見られる定住型狩猟民族としての生活スタイルに大きく関係している。

面白いのは、これほどはっきりと部族のミトコンドリア型が分離しているにもかかわらず、アボリジニ共通の文化、技術、言語が形成されている点だ。理由はいろいろ考えられるだろうが、土着の母系に守られた集団でも、男は放浪して文化や技術を伝えたと考えるのが自然だろう。

たしかにミトコンドリアゲノムから随分多くのことを知ることができる。今後は、この論文が示した新しい視点をもとにして、全ゲノムやY染色体から部族間の交流を詳しく検討すると、さらに面白いことがわかる予感がする。