ネアンデルタール人との性的交流が私たちにもたらしたもの

(写真:ロイター/アフロ)

ネアンデルタール人遺伝子が私たち現代人にも受け継がれていることを証明したのはドイツ・ライプチッヒ・マックスプランク研究所のペーボさんたちだ。その結果、私たちアジア人、ヨーロッパ人、そしてアメリカやオセアニア人のゲノムにはネアンデルタール人遺伝子断片が点在していて、全ゲノムの2%程度に達する。

性的交流で子孫が残ると、その遺伝子は集団に受け継がれていくが、すべての部分が平等に受け継がれるわけではない。たとえば、生殖能力に悪い影響のある遺伝子は集団から消える。逆にネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子がアジア・ヨーロッパ人を自己免疫病から守る遺伝子として広く維持されていることなどもわかっている

この様に、ネアンデルタール人の遺伝子は私たち現代人の体の中で今も働いて、現代人に様々な影響を及ぼし、人類の多様性に貢献している。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、ネアンデルタール人ゲノムの影響を、これまでとは違った新しい観点から調べた研究で2月23日号のCellに掲載された(McCoy et al, Impacts of Neanderthal-introgressed sequences on the landscape of human gene expression(現代人の遺伝子発現に対するネアンデルタール人から受け継いだ配列の影響), Cell, 168, 916, 2017)。

この研究のポイントは、ネアンデルタールゲノムの影響を調べるのに、対立遺伝子特異的発現(ASE)が使えると着想したことだ。

論文はこの着想に基づいて、すでにあるデータベースを調べ直したもので、特に実験を行ったわけではない。今ゲノムデータが多くの研究者に公開されるようになっている。何が大事な問題かを特定する能力とアイデアがあれば、コンピュータ一つで研究が十分可能な時代が来たことがよくわかる。

さてこの研究の売りになっている着想を簡単に解説しよう。

おそらく10体以上のネアンデルタール人の全ゲノムが解読されていると思う。これを現代人ゲノムと比べることで、ネアンデルタール人ゲノムには存在し、現代人ゲノムには存在しない一塩基レベルの遺伝子多型(SNP)のリストができる。このリストがあると、私たちのゲノム領域のどこにネアンデルタール人遺伝子が潜んでいるかを特定することができる。

ネアンデルタール人由来遺伝子がゲノムのどこにあるかは、個人個人でまちまちだ。結果、特定のSNPで標識されたネアンデルタール遺伝子断片が、片方の染色体だけにある場合のほうが多い。この場合、ネアンデルタール由来遺伝子が私たち現代人の遺伝子調節メカニズムと相性が良く無いという状態が生まれる。

普通は両方の染色体の遺伝子の発現は同じレベルに保たれている。しかし片方の染色体上の遺伝子の発現調節にミスマッチがあると、その遺伝子の発現レベルがアンバランスになる。これを対立遺伝子特異的発現(ASE)と呼んでおり、私たちの遺伝子の多様性を研究する指標に利用している。このアンバランスをネアンデルタール人のSNPで標識された領域について調べ、ネアンデルタール人由来遺伝子のミスマッチ度を調べたのがこの研究だ。

ネアンデルタール人と現代人が別れてから四十万年以上になると、当然独自の遺伝子調節機構を発展させている。その遺伝子が性的交流で現代人ゲノムに入った場合、当然ミスマッチが起こる可能性が高いと想定している。

研究では遺伝子型と各組織の遺伝子発現がセットになったデータベースを使って、ネアンデルタール由来遺伝子が片方の染色体だけに存在する領域について、各組織での発現にミスマッチがないか、ASEを調べている。

結果は期待通りで、多くのネアンデルタール由来遺伝子で転写のミスマッチが起こっている。特に、脳と精巣では強く発現が抑制されているネアンデルタール由来遺伝子が多いことがあきらかになった。

例を挙げると、神経細胞の増殖に関わるNTRK2受容体遺伝子は、ネアンデルタール人由来の遺伝子だけが小脳と脳幹で強く抑制されている。NRTK2遺伝子の突然変異は、うつ病、言葉の発達、肥満、アルツハイマー病、自閉症、ニコチン中毒など多くの病気と相関していることが知られており、高次脳機能にとって重要な遺伝子だ。

この遺伝子の発現にミスマッチがあるということは、脳での遺伝子発現調節機構が、脳高次機能の発達に合わせて急速に進化した結果、私たち現代人の脳内での遺伝子発現調節メカニズムが、流入してきたネアンデルタール人由来遺伝子に完全にマッチしなかったことを示している。ネアンデルタール人と現代人の脳を比べる時、このミスマッチはかなり役に立ちそうだ。

他にネアンデルタール人由来遺伝子が強く抑制される傾向が見られるのが精巣で、精子形成メカニズムも急速に分化したことをうかがわせる。すなわち、ネアンデルタール由来遺伝子は現代人のもつ遺伝子調節メカニズムとの相性が悪く、流入しても発現が抑えられたままになっている。ミスマッチと生殖能力との関係を理解するには、まだ研究が必要だが、精子の鞭毛の動きに関わるネアンデルタール人由来遺伝子が強く抑制されていること、それにもかかわらず何万年もこのミスマッチ断片が維持されていることは、生殖メカニズムの理解にヒントになりそうだ。普通は生殖能力に有害な遺伝子は集団から除去されるため、現代人ゲノムから完全に失われたネアンデルタールゲノム領域を調べると、精子発生や、機能に関わる領域が多い。

話はこれだけだが、ミスマッチを示したネアンデルタール人由来部分を丹念に調べることで、私たち現代人のゲノム進化に必要だった条件が明らかになることが期待される。データはますます揃ってきている。もっともっと面白い話が、着想次第で出てくるだろう。大量のデータが存在する今こそ、新しい想像力でゲノム考古学に迫る若者が生まれることを期待する。