歯石のゲノム考古学は可能か?

(写真:ロイター/アフロ)

古代人のゲノム研究に関する論文を3回にわたって紹介したいと思っているが、今日紹介する論文の評価について、私は少し批判的だ。また、一般の方にはちょっと難しい話もあることを前もって断っておく。

ちょうど3年ほど前、私のブログで、修道院に葬られている中世の人骨の顎骨から歯石を削り取り、タンパク質やDNAを解析したNature Geneticに掲載された論文を紹介したことがあった。この論文では、歯石はカルシウムで守られており、死後も細菌の侵入が少ないため、当時の食生活を知る重要な材料になることが強調されていた。「歯石」も「史跡」としての価値があるかもしれないと下手なダジャレで締めくくったが、その後も歯石研究は広く行われていた様だ。

今日紹介するオーストラリア・アデレード大学からの論文は、ネアンデルタール人の食生活も歯石に含まれるDNAから推察することが可能であることを示した研究で、でNatureオンライン版に掲載された(Weyrich et al, Neanderthal behaviour, diet, and disease inferred from ancient DNA in dental calculus (歯石中のDNAから推察されるネアンデルタール人の行動、食事、そして病気), doi:10.1038/nature21674, 2017)。

歯石の中では比較的DNAが守られていると述べたが、これはたかだか千年前の中世の話だ。少なくとも2万年以上前のネアンデルタールからの標本となると、当時のDNAは変性を繰り返し、細菌などの新しいDNAが汚染する。したがって、よほど慎重に扱わないと間違った解釈を導く危険性がある。私はこの分野の専門家ではないが、データを本当に信じていいのか戸惑いながら論文を読んだ。

また歯石に残るDNAの量も多くなさそうだ。もっとも多く読めたサンプルでは一億種類(リード数)読めたらしいが、ほかのサンプルでは読めたリードの数ははるかに少ない。これを克服するため、PCRで増幅した解析も行っているが、無関係なDNAの汚染の問題を排除できず、最終的には調整したDNA配列のすべてを読む、ショットガンシークエンスと呼ばれる方法でを用いて配列を決定し、その配列からDNAが由来した細菌や食べ物を推察している。

食べ物由来のDNAと言っても、読むことができた配列の94%はバクテリア、6%は古細菌由来で、残った0.3%の中から。食べ物由来のDNA配列を探し出し、当時の生活を推察している。

とはいえ、結果は面白い。ベルギーのスパイ洞窟から発見されたネアンデルタール人の歯石に残っていたDNAは、ゲノム配列がわかっている古代のマンモス、サイ、羊などの配列と一致し、ほとんどが動物由来のDNAがだった。一方スペインのエルシドロンで発見されたのネアンデルタール人の歯石からはキノコ、松の実、コケといった植物由来のDNAが中心だった。植物と言っても農耕による穀類ではないので、狩りではなく、forage(食べ物を探し歩く)により生活をしていたのではと結論している。言ってみれば移動する草食動物の様な生活だ。幸い、この結論は他の考古学的手法による解析による結論と合致しているので、歯石のDNA解析も十分信頼おけることを強調している。

論文では、歯石から推察される食物の解析がこれまでの考古学結果と一致したこと、発見された配列が古代の動物のものだったことを信頼性の根拠としてさらに突っ走っている。例えば、大きな膿瘍の跡がある骨から、アスピリンを含むポプラのDNAが見つかったことや、ペニシリンを含むカビが見つかったことをもとに、ネアンデルタール人は感染症に対する治療法を獲得していたとまで結論している。マスメディアもこの話に飛びついているが、悪乗りしすぎではと気になる。

歯石内DNAのほとんどを占めるバクテリアの解析も行っている。結論は常識的で、食物に合わせて細菌叢が形成されていることを強調している。すなわち肉食のネアンデルタールは狩猟民族の細菌叢に近く、草食のネアンデルタールの細菌藪は食べ物を求めて歩きまわるチンパンジーのそれに似ている。

最後にほぼ完全なDNA配列を決定できた一つの口内細菌の配列を、現代人の口内から分離される種と比べ、現代人が持つ細菌種と、ネアンデルタールの細菌種が分離したのが12-14万年前と計算している。これは現代人とネアンデルタール人が分離した40-70万年前と比べてはるかに新しい。すなわち、ネアンデルタール人と現代人が分離後も、接吻を含む性的交渉を続け、口内細菌を交換していたことを物語るとしている。これもマスメディアが飛びつく話だ。

ネアンデルタール人ゲノム研究のファンである私でも、この論文の書き様には批判的だ。たしかにマスメディアが喜びそうな話だが、古代人ゲノムの研究の難しさを考えると、専門家ではないが素朴な疑問が次から次に浮かんでくる。歯石のDNAの利用価値が高いだけでなく、データ解釈の難しさについてももっと突っ込んでほしかった。

例えば、狩りが生活の中心だったベルギーのネアンデルタールは、火を使って調理をした肉を食べたのか?火で調理したDNAは変化しないのか?関係のないDNAの汚染をどう区別するのか?ぜひ知りたい

何万年も前のDNA配列を正確に解読するのは難しい。由来が明らかでないDNAの汚染を間違って結果に含めない様細心の注意が払われる。

骨からDNAを抽出する部屋は、あらゆるDNAの汚染をシャットアウトするよう設計されている。

DNA調整のために部屋に入る研究員のDNAは前もって解読しておいて、間違いで汚染が起こってもサンプルと区別できる様にするのが普通だ。

さらに、骨から取り出したDNAからまず人間由来のDNAだけを精製して、関係のないDNAは由来を問わず除いてしまってから配列を決めるのが普通だ。

また、時間によるDNAの変性を補正するため多くの実験が行われる。しかしこの様な苦労は一般の人には面白い話ではない。

過去を現代に復元することはできない。百年も経っていない歴史問題ですら合意が難しいのに、何万年も前の話になるとなおさらだ。それだけに、ゲノム考古学の解釈には慎重さが要求される。この難しさをどう一般の人にもわかってもらえるか、難しい問題だ。しかし、この困難を避ければ、話は捏造と紙一重になる。科学を伝えることの難しさを考えさせる論文だった。