最初の生物の姿を求めて:II 最古の生物を計算してみる

(ペイレスイメージズ/アフロ)

前回、40億年前の地層に生物の痕跡を探す研究を紹介した。ただ、40億年前の現象を実験的に再現することは難しい。代わりにコンピュータの出番になる。今日紹介するボストン大学の論文は(Goldford et al, Remnants of an ancient metabolism without phosphate(リンの存在しない古代の代謝の名残)、Cell, http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2017.02.001)、現存の生命の膨大なデータを処理して、最古の生物をコンピュータで再現しようとする試みで、具体的には、最古の生物誕生の基礎となった代謝経路をコンピュータを使って描こうとしている。

これまで知られている地球上の生物はリンなしには存在できない。まずATPのようにエネルギー交換のための通貨として、DNAやRNAのように情報として、あるいはサイクリックAMPのようなシグナル分子として、あらゆる生物反応に登場する。しかし、熱水噴出孔も含め地球上にリン元素はほんのわずかしかない。実際、産業的にもリン鉱山の多くは生物由来のリンを掘り出して使っている。このことはDNAを情報媒体とする生物の誕生の前に、リンを調達し利用する仕組みが必要だったことを意味する。そしてこの仕組みを考えるためには、まずリンなしで働く代謝経路を解明する必要がある。

生物誕生前に有機物を合成する経路はこれまでも研究されてきた。ただ、できるだけ原始的なバクテリアの代謝経路、特にオートトロフと呼ばれる、炭酸ガスや水素などの単純な無機物から有機物を作ることができるバクテリアの代謝経路を参考に研究が行われてきた(生命誌研究館HPの拙文参照)。

これに対し、今日紹介する研究は、これまで知られている膨大な代謝経路をコンピュータに記憶させ、単純な無機物から様々な経路を介してどれだけ複雑な有機物が合成できるのかを計算している。具体的には、サーマルベントに豊富に存在する無機物H2O, CO2, H2S, NH3, N2と、最も単純な酢酸、蟻酸などの有機物をコンピュータにインプットし、これらの分子が関わる現存の生物の代謝経路を当てはめて、その経路から新たに合成される新しい分子をリストする。一回目の計算が済むと、今度は新たにリストされた分子を加えたセットと関係する代謝経路を探し出し、代謝経路と合成される分子を拡大する。もうこれ以上新しい分子が出てこないところまで、この計算をしりとりのように繰り返し、最終的な代謝マップを描く。この時、インプットにリン化合物は存在しないため、描いた代謝経路や有機物にリン化合物は存在しない。私はコンピュータ音痴だが、論文は素人にも理解出来るよう書かれている。

驚くことに、こうしてコンピュータが描いたリン化合物の存在しない代謝経路だけで多くのアミノ酸、脂肪酸、糖などの複雑な有機物が形成できる。これには、私たちが高校、大学で習うTCAサイクルを含む重要な代謝経路もそろっている。

研究では、

1) コンピュータに抽出させたリン化合物に依存しない代謝経路は架空のものだが、選ばれた代謝経路自体はいずれかの現存生物で働いている。この経路を支配する酵素のDNA配列を調べると、進化的に古い始原的な酵素が多く、LUCAの代謝経路に近い。

2) この回路から作ることができる硫酸エステルによって、リンなしにエネルギーのやり取りが可能。

3) こうして描き出した中核回路に現在使われている補酵素は、硫化鉄や亜鉛のような遷移金属が多く、リン化合物を使っていない。

など、コンピュータが描いた代謝経路が、最古の生物の代謝経路に近い経路として十分な資格を持っていることを主張している。

コンピュータもなかなかやるなという印象だ。

次はこの経路が、わずかしか存在しないが、様々な点で使い勝手のいいリン化合物をどのように取り込んだのか、これもコンピュータで計算できるか楽しみだ。これに成功すれば、今後ますますコンピュータの出番がふえるだろう。

40億年前のことなど調べてもわからないと諦めず、困難に挑戦する若者が多く現れることを期待する。