年をとっても頭を働かせばボケを防げる:という当たり前のことを証明する難しさ

(ペイレスイメージズ/アフロ)

「高齢者の認知症は医療が立ち向かうべき最大の問題だ」と一般論として理解してきたが、自分が70歳、2人の母親が95歳に近づこうとしている今、「元気なままポックリ」が切実な願いになってきた。

「ボケ防止」をキーワードにキュレーションサイトを調べると、あるわあるわ「記憶力の低下にはこれが効く」「生きがいが認知症を予防する」「ボケ防止にオススメの趣味、習い事」など読み切れないほどだ。ただ、上位に来たサイトを見てみると、医学研究者の私も納得してしまうことが列挙されている。特に、字を書くとか、暗算をするとか、裁縫をするなど、頭を働かせ、指先の運動に励むことが推薦されているように思う。

ただ医学に関わってきた身からすると、直感的に納得でききる話でも、医学的に証明されているのかが気になる。実際、これを医学的に証明することは簡単ではない。数多くの高齢者を長期間追跡する研究が必要になる。

なんとこの困難を厭わず、ボケを防ぐための通説の検証に直接取り組んだ論文がメイヨークリニックからJAMA Neurologyに発表された。タイトルは「Association between mentally stimulating activities in late life and the outcome of incident mild cognitive impairment, with an analysis of the APOEε4genotype(高齢者の脳を刺激する活動と軽度認知障害の発症との相関:APOEε4遺伝型の解析を併せた研究)」だ。

タイトルからわかるように、この研究では高齢者が知的活動を続けることで、老化に伴う軽度の認知障害(MCI)に陥るのを防げるかを調べている。実際には、1929人の認知障害の全くない高齢者(平均77歳)をリクルートし、平均4年間追跡した研究だ。この時、参加者が毎日行っている知的活動について聞き取りを行い、経過観察中は看護師が参加者を訪ねて、活動を続けているのか確認するという念の入れようだ。

この研究が注目した高齢者の活動は、1)様々なゲーム、2)手芸や工芸の趣味、3)コンピュータ作業、そして4)ボランティア活動などの社会参加で、軽度認知症の発症率について、活動の有無で比べている。

また器質的な認知症と、老化に伴う軽度認知症を区別するため、アルツハイマー病発症リスクが高いAPOEε4遺伝子型をもつ高齢者を抜き出して、別に検討している。

この研究で最も重要なのは、認知症診断の信頼性だが、臨床医学のメッカと言えるメイヨークリニック独自の診断基準に基づいて、複数の医師が合議で診断しており、信頼性は高い。

さて結果だが、驚くなかれ、平均77歳の高齢者を追跡すると、4年以内に実に1/4の人たちがMCIを発症する。こう聞くと恐ろしいが、MCIが一種の老化現象だと思えば納得がいく。ただ、老化だからと諦めることはない。先に述べた4種類の活動を続けている人たちでは認知症の発症率が低い。実際のデータをみると、特にコンピュータを日常使っている高齢者で発症率が低く、次が手芸など工芸作業が予防効果がある。

この研究では日常本を読むという行動についてもその効果を調べているが、他の活動と比べると効果は高くない。頭と体を両方使うことが大事なようだ。またアルツハイマー病の遺伝リスクの高い人では、各活動の予防効果も限られる。

以上を私なりに総合すると、知的な刺激と指先も含めた適度な運動が組み合わさると、老化による生理的な認知障害の進行を防止することができるとまとめることができるだろう。通説は科学的に検証された。ぜひ皆さんも安心して心がけてほしい。

誰もが知っている経験から学んだ通説でも、統計学的に証明しようとすると、十分な数の集団を追跡するこれほど大規模な研究が必要になる。一方、私たちはこのような通説とともに、大手メディアを使ったトクホなどの「健康食品」に囲まれて暮らしている。この論文を読んだ後気になって、トクホ食品や飲料の科学性はどのように担保されているのか、会社発表のデータを調べてみた。

例えば体脂肪を低下させると銘打った飲料に加えられた成分の効果についての学会発表では80人が12週間追跡されているだけだ。同じ効果は論文発表もされているが、ここでは200名、12週の経過観察だ。他のトクホもこの似たり寄ったりだろう。おそらく今回行われたような2000名、4年間といった大規模長期研究はほとんど行われていない。

実際、消費者も効果の科学性にはそれほど関心はないのだろう。小さな科学と安全性さえ確かなら、あとはマーケティングで商品は成功する。

ただ、当たり前の通説の検証にこれほど努力払っている論文を読むと、健康食品メーカーの研究者たちが、科学性とはこの程度のものだと勘違いするようになるのではと心配になる。健康食品の開発こそ21世紀の課題で、本当はその効果を確かめる大規模長期研究が必要なのではないだろうか。マーケティングが優先されて、健康食品という最も重大な課題に取り組む研究者が小さな科学に満足して、本当の科学を学ばなくなれば取り返しがつかない。消費者の本当の健康を守る科学を目指す科学者が、日本のメーカーに溢れることを期待している。