私たち真核生物誕生の大ロマン

20億年の歳月がかかった真核生物誕生は生物進化の最大エポックだ。(提供:アフロ)

生物の3大分類

現存の地球上の生物は、核膜でDNAが包み込まれている真核生物と、核膜構造が見られない細菌に分けることができ、細菌をさらに、真正細菌と古細菌に分けることができる。地球上の生物はこうして大きく3つの群に分類される。

真核生物と細菌類の差は核膜のあるなしにとどまらない。細胞の構造を支える細胞骨格、エネルギーに関わるミトコンドリアやクロロプラスト、たんぱく質の生産や処理に関わるゴルジや小胞体などの細胞小器官、有糸細胞分裂、そして遺伝子の折りたたみやオン/オフに関わるクロマチン構造など、ありとあらゆる細胞の複雑性が真核生物誕生とともに誕生したと考えられる。

リン・マーギュリスと内部共生説

この過程に、細菌が細菌を取り込んで、ミトコンドリアや葉緑体をはじめ、様々な真核細胞の複雑性が生まれたとするリン・マーギュリスの革命的アイデア、内部共生説が関わることは間違いないが(生命誌研究館に書いた記事を参照してください)、ミトコンドリアや遺伝子水平移動だけで真核生物が持つ全ての複雑性を説明する事は難しい。特に、内部共生が可能になるためには、少なくとも他の細菌を取り込むための機構、例えば細胞骨格、ファゴサイトーシス、細胞小器官の移動の調節に関わるメカニズムが細菌独自に進化する必要があった。

Loki古細菌の発見

ゲノム時代に入って、真核生物と細菌類のゲノムの比較から、真核生物が古細菌に近いことが明らかにされ、真核生物は古細菌がαプロテオバクテリアの仲間を取り込んで生まれたと考えられるようになった。2015年に入って、これを裏付けるように、ゲノムレベルで真核生物に最も近く、これまで真核生物にしか存在しないと考えられていた細胞骨格形成や小胞体などの輸送に関わる分子をコードする遺伝子を持つLoki古細菌及びThor古細菌が発見され、内部共生説に至る準備過程に光が当たり始めた。

もちろんLoki古細菌の発見は物語の終わりではない。この長い過程をさらに詳しく解明するために、Loki古細菌類と真核生物のギャップを埋めるための試みが始まった。

新しい古細菌群の発見を報告するNature論文

今日紹介するスウェーデン・ウプサラ大学からの論文はこのギャップを埋める新しい古細菌Ordin古細菌とHeimdall古細菌の発見についての研究でNatureオンライン版に掲載された(Zaremba-Niedzwiedzka et al, Nature in press, 2017: doi:10.1038/nature21031)。タイトルは「Asgard archea illuminate the origin of eukaryotic cellular complexity (Asgard古細菌は真核生物の細胞の複雑性の起源を明らかにする)」だ。

Loki古細菌と真核生物のギャップを埋める新しい種を発見するため、この研究ではメタゲノムという手法がとられた。

2015年のノーベル賞に大村先生が輝いた時、細菌を分離するため土を収集する道具を常に携帯していたという美談が紹介されたが、これからわかるように、細菌はまず培養してから遺伝子を調べないと、どの遺伝子が例えばLoki古細菌に属するのか特定するのは難しかった。このため、細菌を培養する苦労が美談になる。

ところが最近、特定の場所に存在する全ての細菌を培養することなくゲノムの配列を一挙に決定した後、情報処理技術を使って一つ一つの細菌のゲノムを再構築するメタゲノムと呼ばれる方法が発達してきた。このおかげで細菌は培養できなくともゲノムを比べることが可能になった。

新しい古細菌系統の特定

この研究では古細菌と真核生物のギャップを埋める新しい古細菌を求めて、今回Loki古細菌が見つかったロキ熱水噴出孔をはじめ、イエローストーン国立公園、竹富島の熱水噴出孔まで、世界中から集めた水中堆積物に含まれる全てのDNAの配列を解読している。実際には6880億塩基対(ヒトゲノムの200倍)の配列を解読し、この中から比較的長い配列として再構築できた領域を30億塩基対分集めることに成功している。

さて結果だが、著者らが期待した通り、真核生物特異的と考えられていた多くの遺伝子を持ち、DNA配列上でもLoki古細菌と真核生物を埋める新しい古細菌を発見することができた。これまで発見された真核生物に近い古細菌にはLoki, Thorと北欧神話の神々の名前が付けられており、今回新たに発見された2種類もOrdinとHeimdallという北欧神話の名前がつけられた。そしてLoki,Thorを合わせた群を北欧の神々が棲む世界Asgardと命名している。

研究の詳細は一般の人にはわかりにくいとは思うが、新たに発見されたHeimdall, Ordinから得られ新しい結果を簡単にまとめると、

1) ゲノム配列を様々な方法で比べ、Asgard古細菌群と真核生物は共通祖先から別れてきた生物で、最も真核生物に近いのがHeimdall古細菌であること、

2) これまで真核生物特異的とされてきたほとんどの遺伝子群は、Asgard群の中の古細菌にすでに用意されており、真核生物の複雑化を支える分子は、細菌進化の過程で用意されてきたこと、

3) 特に核膜形成、小胞体のゴルジ体への輸送、他の細胞を取り込むために必要な貪食などに関わる、細胞内膜制御分子群の進化と、真核生物誕生への役割は今後の研究の焦点になると思われること、

4) この新しい機能に関わる遺伝子群はクラスターを形成してセットになっていること、

5) これまで探し求められていたチュブリンの相同分子が特定できた事、

などをあげる事ができるが、詳細は省く。この発見も、これから始まる大きな物語の序章に過ぎないだろう。

真核生物の実験進化

真核生物誕生まで、生物の全進化時間のほぼ半分以上が費やされている。この過程の研究により、なぜ進化は複雑化の方向へ進むのか、遺伝子の水平移動や細胞同士の内部共生は進化にどのようなインパクトがあるのかなど、生物進化理解にとって最も重要な問題の数々がこの過程の解明抜きに理解することはできない。残念ながらゲノムの比較だけではこの問題は解決できない。今後はAsgard古細菌群を培養したり、あるいは再構成して、生きた細菌で内部共生を新たに誘導する実験など、ゲノム研究の枠を超えた新しい実験進化学が始まると思う。期待したい。