恐竜の卵は孵化に時間がかかった?

(ペイレスイメージズ/アフロ)

過去の出来事を客観的に確定することが難しいことは、日韓、日中の戦時中の歴史認識が、まだ100年も経っていないのにくい違っていることからよく分かる。これは出来事を確定するために必要な文字による記録が、書いた、あるいは書かせた人間の意思により曲げられている可能性があるからだ。この問題を克服できるテクノロジーとして、写真、録音、ビデオとバーチャルメディアが開発されてきたが、この方法ですら世界の中から一つのシーンを切り出さざるを得ないため、そこに意志が介入し、信頼性が失われる危険が指摘されている。幸いスマートフォンの普及で世界中から画像を集めることが可能になり、比較的バイアスを排除した情報が得られるようになり、うまく利用できるとこれまでで最も客観的でcollectiveな情報源になる可能性がある。

などとちょっと大げさに始めてしまったが、今日は歴史認識について議論するわけではなく、古生物学についての論文を紹介するが、古生物学でも歴史学と同じで、過去の真実に迫るための方法の選択が最大の問題だ。

21世紀に入って、過去に生息していた生物のDNAを直接調べる方法が開発され、古生物のゲノムが新しい分野として急速に発展している。しかし100万年以上前のDNAとなると、その情報を読めるのかよく分からない(おそらく化学的に難しいのではないだろうか)。結局過去についての解析には、生物学的方法ではなく、物理学的方法を積極的に組み合わせた方法の解析が必要になる。

今日は恐竜の卵の孵化期間について推定したフロリダ大学からの論文を取り上げて、信頼性の高い方法を求める古生物学の努力を紹介したい。

どの国の自然博物館でも、恐竜は子供達に大人気だ。最近になって、恐竜は爬虫類ではなく、鳥類に近い動物だったと考えられるようになった。とすると、恐竜は今年の干支を代表する動物になり、爬虫類が主役の巳年とは無関係ということになる。そう言われても、私たちの頭の中から、恐竜を辰年や巳年を代表する爬虫類とするイメージを追い出すことは簡単でない。

この論文でも、卵の孵化期間に焦点を絞って、恐竜は鳥に近いのか、爬虫類に近いのかを検討している。論文のタイトルは「Dinosaur incubation periods directly determined from growth line counts in embryonic teeth show reptilian grade development(胚の歯に現れる成長線の数から直接決定される恐竜の孵化期間は爬虫類型の発生を示す)」で、米国アカデミー紀要に発表された科学論文だ。

研究では掘り出された恐竜の卵の化石の中に見つかる胚の葉の成長から、卵の孵化期間を推定しようと試みている。

この問題に挑戦したのは何もこの研究が最初ではない、恐竜の卵が発見されるたびに、孵化期間は問題になってきた。ただこれまでの研究では、恐竜の卵も現存の鳥類と同じで、孵化期間は短かったというのが通説になっていた。もちろんこの通説にも一応の科学的根拠があり、卵の大きさの比較、成体と孵化したばかりの個体のサイズの比較、あるいは成体と孵化時点での爪の大きさの比較などを使って結論を導いていた。ただ、計算には多くの仮定が導入されており、これらの研究で使われた指標が本当に時間の記録として使えるか疑わしい点も多かった。

恐竜の研究者が孵化期間の特定にここまでこだわるのは、これが恐竜の子育てを知る上で重要な情報になるからだ。現存の動物でいうと、鳥類のほとんどは親が卵やヒナの世話をやく。こんな場合、孵化期間が短くないと、親の生活が立ち行かない。一方、産みっぱなしの動物の場合、一定の数の子孫が残るなら、孵化期間が長くても問題はない。

恐竜の親と子供の関係については、鳥のように世話を焼いたという説から、爬虫類と同じように卵を産みっぱなしだったとする説があり、この意味で正確な孵化期間の確定が求められてきた。

この研究では体長が2mぐらいになるプロトケラトプスの胚(卵の大きさは230ml)と、9mの身長を持つピパクロサウルスの胚(卵の大きさは3900ml)の歯を調べ、プロトケラプトスの卵が83日、ピパクロサウルスの卵が171日という孵化期間をはじき出している。すなわち結論は、卵の孵化期間について言えば、恐竜は爬虫類に近いと結論している。

では、どんな方法が日数の算定に用いられたのだろう? 

骨の形成にはカルシウムの沈着が必要だが、この成長スピードは夜と昼で異なっているため、毎日この差が線として骨に刻まれていく。この線はvon Ebner成長線と呼ばれるが、同じvon Ebner成長線は歯の成長でも見られる。季節による成長の違いを利用した年輪はポピュラーだが、毎日の変化がここまで克明に記録できるとは驚きだ。いずれにせよ、成長線は生物活動と、地球の活動が統合されたいい指標として今後も使えそうだ。

著者らは恐竜2種について、歯の成長線の数を数えている。ただ、恐竜の歯は発生途上で生え変わることもあり、また化石にも成長した歯と、次の歯の両方が認められる。このため、両方の歯の成長線を合わせた数から、調べた歯の成長に、プロトケラトプスで48日、ピパクロサウルスで約100日かかったことが明らかになった。ただ、歯の発生は胎児発生の一時期に限られるため、成長線の数=孵化期間とはならない。このギャップを埋めるため、現存の爬虫類や鳥類の歯(鳥類の胚には歯が認められる)の発生期間を調べ、歯の形成に必要な期間を全孵化期間の42%と仮定して、先の結論にたどり着いている。

結局は仮定を一つ導入しているが、正確な推定にかなり近づいたと言っていいだろう。おそらく、恐竜の卵はウミガメやワニと同じで、産みっぱなしだったのだろう。親子の恐竜のイラストも見直す必要があるかもしれない。

歴史でも、生物学でも、すでに起こった過去の出来事の真実を知ることがいかに大変なことかわかっていただけたら幸いだ。