妊娠は脳構造を変化させて我が子への愛情を深める(論文紹介)

(写真:アフロ)

性ホルモンによる脳構造の変化

私たちは思春期を迎えると、身体的に成熟するだけでなく、精神的にも、男性、あるいは女性へと大きく変化する。例えば「色気付いて」異性にときめきを感じるのも精神的変化だ。これは、性ホルモンが脳構造を変化させるからで、実際脳の広い範囲にわたって灰白質の厚さが減ることが知られている。脳の厚さが減ると聞くと「痴呆?」と驚くかもしれない。もちろん痴呆のように神経細胞自体が減ることで灰白質は減少するが、神経同士の結合を整理して(シナプス剪定とよぶ)特定の回路に集約することでも起こる。思春期ではおそらく後者が起こっているのだろう。

妊娠と物忘れ

同じように、妊娠によっても体の内分泌バランスは大きく変化する。例えば多くの妊婦さんが経験する物忘れも、ラットを使った研究では、内分泌系の変化により海馬の樹状突起の形態変化や、幹細胞の増殖力が低下するからだとされている。しかし、動物実験結果を安易に人間に当てはめるわけにはいかない。このギャップを埋めるため、妊娠が人間の脳構造に及ぼす影響を調べる研究が求められていた。

妊娠の脳構造への影響をMRIで調べた論文紹介

まさにこの問題に挑戦する重要な論文が、先週Nature Neuroscienceにオンライン出版された(doi:10.1038/nn.4458)。スペイン・バルセロナ大学及びオランダ・ライデン大学が協力して、妊娠前から長期間にわたって女性の脳構造変化をMRIで追跡したコホート研究で、妊娠の脳構造への影響を調べた研究としては規模、期間において最も徹底した研究だと思い紹介することにした。

タイトルは「Pregnancy leads to long-lasting changes in human brain strucuture(妊娠は長期間続く脳構造の変化につながる)」(doi:10.1038/nn.4458)。

研究内容

研究では、まず妊娠による脳構造の変化をMRIで調べる研究への参加を呼びかけ、それに応募した、65人の女性、57人の男性のMRIを参加時点で撮影し、その後最長で5年程度追跡している。

応募してきたボランティアのうち43人の女性は子供を望んでおり、一年以内に25人が妊娠、全員が出産している。出産直後、及び2年目にもう一度MRI検査を行い、前後の画像を比べて脳に構造変化が起こっていないか調べている。参加者の中には当分妊娠する計画がないカップルも20人含まれており、この人たちも一定期間のあとMRI検査を行っている。最終的に、25人の妊娠女性と19人の男性パートナー、20人の妊娠を経験しない女性と17人のそのパートナーについて、MRIによる脳構造検査、筆記やインタビューを交えた認知機能検査、機能MRIによる脳機能検査を用いたデータを集めることができている。

結果は驚くべきもので、妊娠を経験すると脳の正中領域、前頭前皮質、側頭皮質の灰白質の厚さが例外なく薄くなる。対照と比べるとその差は明瞭で、今後はMRI検査の画像を見るだけで、妊娠経験があるかほぼ判断できるほどだ。

この変化はパートナーの男性には見られず、また自然妊娠、人工授精を問わず全ての妊娠女性に起こる。さらに、その後妊娠しなくてもこの変化は少なくとも2年以上安定に維持される。一方、灰白質の厚さの減少がそれ以上進行することもない。

構造変化の機能的意味

結果の中で最も面白いのは、灰白質の減少がみられる領域が、他の人も自分と同じ心を持っていると私たちが感じる(私のホームページで「Theory of Mind」として紹介している)時に活動する領域とほぼ重なっている点だ。

さらに灰白質の減少する領域は、母親が自分の子供の写真を見たとき強い反応を示す領域で、驚くことに灰白質の減少が強い母親ほど子供の写真に強い反応を示す。逆に言うと、我が子に反応が少ない母親ほど、灰白質の変化は少ない。

結果を私なりにまとめると、「妊娠によりTheory of Mindに関わる領域のシナプス剪定が行われ、この結果自分の子供により強く反応する感情が生まれる」と言っていいだろう。さらに詳しいメカニズムについては研究が必要で、勝手な解釈を拡散させるのは慎むべきだと思う。しかし、お母さんは常に自分の子供が何を考えているのか感じ取る必要がある。この能力が妊娠中に準備されているとしたら、なんと素晴らしいことだろう。

逆に、育児放棄のお母さんの脳はどうか?同じ変化は子供を育てることでも起こらないか?続々疑問が湧いてくる。面白い領域が始まったと思う。