医学雑誌の息抜き:The BMJ クリスマス特集

The BMJ twitter(twitter.com/bmj_latest)

医学や生命科学の専門誌のエディターの関心事の一つは、多くの読者を得るために面白い論文を集めることだが、閲覧ヒット数だけが目的化しているキュレーションサイトと異なり、掲載された論文のデータの信頼性の確保にも努めなければならない。このため、各論文は厳しい審査過程を経て初めて掲載される。この過程で、一般の人から見ると「堅苦しい話」が中心の雑誌になってしまう。

しかし私が付き合ってきたエディターたちは決して「堅物」ではない。当然茶目っ気もある楽しい連中だ。堅苦しい話ばかりに満足せず、「まず世の中の役には立つようには思えない」面白い論文も掲載したいと思っている。

私のホームページではあるがこれまで紹介した例を挙げると、

電気ウナギの戦略相場と脳シマウマの縞グンカンドリは飛びながら寝るなどだが、これらの論文は読んでいて思わず笑みがこぼれる。しかし、だからと言ってデータの信頼度をないがしろにしてはいない。

信頼性を確保するという原則を守りつつ、読者を楽しませる論文の特集号を毎年発行しているのが、英国の医学雑誌The British Medical Journalだ。

反ワクチングループに買収されていたウェークフィールド論文や、タミフルの予防効果についての誇大宣伝に対して最も激しく戦った硬派の医学雑誌だが、クリスマスシーズンになると遊び心のある論文を集めたクリスマス特集号を出している。アクセスに課金される通常の論文と異なり、この特集はすべての人に解放されており、英語だが読むことはできる。シャレと真面目の境にあるような論文ばかりだが、科学的信頼性を守るということが何かもわかるようになっている。

掲載された論文だけでなく、あらゆる記事に細工がある面白い特集で、今年はBrexitについても言及があるかなと思っていたが、残念ながら当てが外れた。

そこで今回は論文だけに絞って、タイトルと内容を私なりにまとめたものを提供する。ただ、いつもの論文紹介と異なり、あくまでも斜め読み。

5編の論文が掲載されている。他の論文と区別するために、クリスマス特集と印をつけているが、科学的手続きはしっかり踏んでいる。

1)セレブの言葉は影響力があるか?アンジェリーナ・ジョリーのNYタイムズの論説記事の後見られたBRCA遺伝子検査と乳腺切除数についての観察研究。

論文の著者は全員専門家だ。2013年5月、有名女優アンジェリーナ・ジョリーが、BRCA遺伝子検査の結果に基づいて予防的に乳腺切除したことについてNYタイムズに発表した告白記事の前後で、BRCA遺伝子検査数と乳腺切除数の推移を調べている。期待通り、発表直後からBRCA遺伝子検査数は3割以上増加し、現在まで高止まりしている。ところが全体の乳腺切除数には変化は見られない。さらにBRCA遺伝子テストに基づいて予防的に行われる切除数は逆に低下している。このことは、セレブの宣伝に反応するのはあまり乳がんについて心配していなかった人で、近縁者に乳がん患者さんががいて心配している人には、世間が騒ぐほど検査を受けに行きにくくなってい可能性を示唆している。セレブを宣伝に使うときにはぜひ考慮しなければならないポイントだ。

2)良い子のサンタさんの迷信を一掃する:サンタクロースについての後ろ向き観察研究。

著者は医学生と指導教官。医学生とはいえ科学的に研究を進めることは大事だ。研究では2015年クリスマスに、サンタクロースがやってきた小児病棟の比率調べ、ロンドン東部が少し低い点を除いて、英国のほとんどの小児科病棟を訪れていることを示している。得られた統計データを分析する中で社会問題にも目を向けさせ、サンタが貧しい地域を訪れる頻度が少ないことを指摘、サンタが格差の維持に貢献しているのではと指摘をしている。論文をまとめる際に格差問題など教育的にも重要な議論が行われたことをうかがわせる。最後に、若者の犯罪の多さとサンタの現れる頻度に相関がないことを示した上で、「良いこのサンタ」という神話が否定されたことを強調し、ではこの事実を子供に伝えるかべきかどうかを問うて終わっている。イギリス的ウィットに富む楽しい論文だ。

3)高齢者になっても生活を享受することと死亡率:英国高齢者の縦断研究

これは専門家による論文:既に研究が進められている英国高齢者の縦断研究(ELISA)の対象者について、2006年に生活を楽しんでいるかを調査し、その程度に合わせて4群に分け、2013年まで死亡率を追跡している。ただ観察研究であるため、信頼性にはかけることを断った上で、高齢者が毎日の生活に満足することが死亡率低下につながると結論している。

4)ポケモンGoを全部攻略したぜ!ポケモンGoと若年成人の身体的活動:差分の差分法(統計学の手法)研究

ポスドクと教授が著者:ウェッブで参加者を募集し、スマホの歩数計のデータを記録、ポケモンGoをダウンロードしてからの歩数を調べている。結果は、参加者平均の歩数は普通1日4000歩程度だが、ポケモンを始めると平均で900歩程度上昇する。ただこれは一過性で、6週間目にはほとんど差がなくなるという結果だ。ポケモンGoはエクササイズに向いてそうもないという残念な結果だが、スマフォが健康調査にいかに有効かを示した点は評価できる。

5)おしっこの価(P-value)を嗅ぎつける:アスパラガスに対する嗅覚障害のゲノムワイド関連解析。

ゲノム会議に集まった専門家が話しているうちに思いつき、論文にしている:アスパラガスを食べた後はオシッコが不快な臭いを放つという観察をベンジャミン・フランクリンが書き残しているようだが、医療関係者を対象にしたコホート調査を対象に(インフォームドコンセントが取りやすい)、臭いを感じる人と感じない人を分け、ゲノムワイド関連解析をしたところ、1番染色体の嗅覚受容体クラスターに多型が特定された。ゲノムワイド関連調査を勉強するには素晴らしい題材を提供してくれている。

と、盛りだくさんだ。研究対象は子供から高齢者まで、論文の著者も学生から専門家まで。内容は全て楽しいものだが、科学的手法とは何かを教えるとともに、格差などの社会問題も考えさせる素晴らしい特集だ。ぜひ医学部の教育に取り入れればいいと思う。

私たち夫婦にとっても、今まで通り世の中のしがらみにとらわれず、楽しく生きようと思いを新たにした。