不正確な医学情報に基づくヒステリー

(写真:アフロ)

キュレーションサイトWelqによる間違った健康情報提供が大きな問題になっている。背景には健康情報の正確性だけでなく、剽窃といったキュレーションサイト自体が持つ問題もあり、構造は複雑だ。

しかし、情報の正確性のみを問うなら、キュレーションサイトだけではなく、一般メディアや、健康食品やサプリメントのコマーシャル、そして医学専門誌も共通の問題を抱えている。そして同じことは、こうして専門論文を紹介している私自身の問題でもある。

一方、健康情報に対する市民の強い要望とSNSの普及は、間違った情報が簡単に拡散することを意味している。

Welqの事件をきっかけに、医学情報に関わるあらゆる層が医学情報の提供のあり方について議論を始める機運が高まった。

このタイミングで医学情報の正確性の問題と、間違った情報により簡単に燃え上がるヒステリー反応の問題を強い口調で指摘したボストン大学とハーバード大学(おそらくホルモン療法に関わる医師や研究者)からの意見がEMBO Reportsに掲載された。タイトルは「Overselling hysteria (誇大宣伝ヒステリー)」だ。

この論文では、審査を経て医学雑誌に掲載されている論文が、メディアの誇大宣伝により簡単に市民のヒステリックな反応を誘導し、その結果治療の恩恵を受けれるはずの多くの人の健康が損なわれる例を示して、インパクトの大きい報道による医学情報提供について議論することの重要性を指摘している。

例として使われたのは、高齢男性のフレイル(虚弱)の原因であるテストステロン(男性ホルモン)低下を補うためのホルモン補充療法が心血管障害を誘導する危険があるという、The New England Journal of Medicine及びJAMAに掲載された論文をベースに、NY Timesが「テストステロンの危険な過大評価」という記事が書かれ、この記事により一種の集団ヒステリーが起こった話だ。実際この報道の結果多くの市民が不安を抱き、最終的にはFDAや医師の側にもテストステロン治療には心血管障害の危険があり、できる限り避けたほうがいいという先入観が広がってしまったことを指している(この論文を読むまで実際私もそう思っていた)。

同じことは女性の更年期障害に対するホルモン療法にも言える。実際には多くの更年期障害に悩む女性の症状を軽減できるのに、Women’s Health Initiativeによる大規模調査で、心疾患や乳がんの危険性があることが指摘され、それが報道されるとなんと80%もの治療が中止されている。

いずれの場合も、論文をよく読むと、副作用の頻度は高くなく、さらに複雑な統計処理が行われて理解しにくくなっている。驚くことに、テストステロンのJAMA論文に至っては、計算間違いでその後論文が撤回されている。また論文全体でみると、副作用を強調する論文はほんの一部で、大半の論文では問題は指摘されていない。そして、2016年に発表された最大規模のテストステロン治験では、なんと心血管障害は対照と同じか、逆に低い傾向にあることが示された。また、Women’s Health Initiative も、後に最初の結論を覆し、ホルモン療法を推奨する結果を導いている。

重要なことは、論文の撤回や、新しいこれまでの報道結果と反対の結論についてはメディアは興味を示さない、あるいは意図的に無視して報道せず、市民にはヒステリーだけが残るという結果に終わる点だ。事実、私もテストステロンは心血管障害を高い確率で起こすと思ってしまっていた

このように、トップジャーナルに掲載された一部の論文が、メディアにより一方的に報道され、市民ヒステリーが広がり、医療を制限することはたやすい。もしこの論文が間違っていたら、最終的に病気を増やすことになる。

しかも、医学論文の半数は再現が難しく、現場の医者すら研究論文を読む時間もなく、報道に頼る有様だ。

このことを知る医学雑誌も、論文掲載前に一般メディアに論文を送り、論文掲載と同時に一般報道されることを促している。しかし、この馴れ合いの構造についてはあまり認識されていない。

さらに、早く論文を受け取る一般メディアは、論文の内容を正確に吟味することはほとんどなく、評価についてはせいぜい知り合いの研究者の意見を聞く程度だ。結局、市民の興味や感情に訴えられるかどうかのみを指標に掲載を決めている。

このことを知ってしまうと、正確な医学情報などどうしたら得られるのか途方にくれることだろう。

さてどうするかだが、著者らは

1) 医学雑誌と一般メディアが互いにもたれ合っている構造があることをしっかり認識して報道を見ること。

2) 審査を経ていても、一つの医学論文だけで何が正しいか判断できないことを知ること。

3) 大規模調査で統計的に有意とされる差異も、実際の臨床現場ではほとんど問題にならないことも多いことを認識すること。

4) 統計手法が極めて複雑になっており、これによる解釈間違いが起こることを知ること。

5) どんな結論も、最初に書く側、読む側が持っている思い込みに左右されていること。

と提言している。要するに、ヒステリーを避けるためには冷静さが必要だという当たり前の結論で終わっている。

我が国でもキュレーションサイトによる医療情報提供の問題が市民に認識されたのはいい機会だ。この機会に、医学医療情報の提供の仕方、受け取り方について建設的な議論を進めるべきだと思う。