トランプ政権の新しい保健福祉長官

(写真:ロイター/アフロ)

トランプ政権の閣僚人事が進んでいる。政権の核になる国務長官人事は難航しているようだが、それでもトランプ政権で何が起こるのか徐々に見えてきたように思う。

日本の厚生労働省に当たる保健福祉長官には、ジョージア州選出下院議員の整形外科医トム・プライスが選ばれた。もちろん議会承認が必要だが、否決されることはないだろう。我が国メディアが米国の保健福祉長官人事をわざわざ報告することはまれだが(ちなみにオバマ政権時の、カソリック信者でありながら人工中絶は女性の権利を守ると言い切ったセベリウスについて報道されたことはあっただろうか?)、プライス人事については各紙が報道した。これは、彼がオバマケア反対の先頭に立って議会活動を行ってきたからだ。アメリカが再度5000万人の未保険者を抱える国に戻すことは簡単ではない。特に、トランプを支えた米国の白人低所得者層への医療を保証するためには、オバマケアに代わる制度が必要になる。各紙もこの点が政治的に重要と考え、プライスについて報道したのだと思う。

保健福祉局の仕事は医療保険の問題だけではない。NIHなどの医学研究予算を決め、米国の生命科学を推進するのもその役割だ。そのため、米国の生命科学者にとってはプライス長官が生命科学研究予算にどのような態度で臨むのか当然心配になる。

心配と書いたのは、オバマ政権がゲノム、ガン、脳など生命科学研究に積極的だった一方、下院議員としてのプライスは、これらの予算拡大に一貫して反対してきたからだ。

この心配を受けて、11月26日多くの生命科学者が読んでいるNatureにSara Reardonさんの「Trump’s pick for US health secretary has pushed to cut science spending(トランプが選んだ保健福祉長官は科学予算削減を推進してきた)」という記名記事が発表された。この人事は我が国の一般の人には関係ない話だが、我が国でも生命科学に関わる研究者にはある程度の影響がある。特に米国の研究所で働いてみたいと考えている若手には、関係ないと済ますわけにはいかないだろう。

さて、プライスのスタンスだが、この記事の中で紹介された、オバマが計画した750億円に上る対ガン研究大型予算に対する彼のコメント、「私はガン研究に対する予算を増額することの重要性はよく認識している。問題はガン研究が重要かどうかでなく、予算要求が増額だけを求め、決して増額分を埋め合わすための他分野の減額が提案されないことだ。実際はこのことこそやるべきなのだ」が、彼の考えを最も雄弁に語っているとおもう。

要するに、科学技術予算は増額ではなく、予算対象の仕分けを前提に考えるべきだという考えだ。

この記事では、彼がカットしてきた計画リストが示されている。

1) FDA の改革を目的とする予算(予算額不明)、

2) NIHの基本予算案(9000億)

3) 755億円の対ガン予算

4) 米国疾患予防管理センターの公衆衛生プログラム(1-2000億円)

このリストを見ると、確かに筋金入りの科学技術予算カッターであることがよく分かる。

これに加えて、彼はES細胞樹立や、中絶胎児由来組織の研究利用にも強く反対しており、研究倫理面でもブッシュ時代に逆戻りする心配がある。おそらく、ヒトES細胞に対する研究予算は減額、場合によっては0になるかも知れない。

とはいえ、研究側も手をこまねいて待っているわけにはいかない。代表的科学紙Nature, Scienceもトランプ政権に向けた様々な記事を発表している。科学界もプライスを説得する努力を試みているところだろう。

最近フランシス・コリンズとウイリアム・ライリーの名前でScience Translational Medicineに発表された、新しい行動科学、社会科学を確立するための深い洞察に基づくプロジェクトもその一つではないだろうか。

ただ、いずれにせよ米国の生命科学者は冬の時代の到来を覚悟し始めていることは確かだ。