M.abscessus感染症は新しい結核になるか?

(写真:アフロ)

非結核性抗酸菌症と言われても一般の人には馴染みがないと思うが、名前の通り抗酸菌によりおこる結核以外の病気を指している。同じく抗酸菌の仲間のらい菌によるハンセン氏病は、別の独立した疾患として扱っており、非結核性抗酸菌症(NTM)とは呼ばない。なのに非結核性抗酸菌症とひとくくりにしているのは、極めてまれな病気だからだ。

元気な人に感染しても滅多に発病することはなく、人から人への感染はないと考えられてる。私が医者として働いていた40年近く前には、非定型抗酸菌症と呼ばれ、我が国ではM.aviumとM Kansasiiによるものがほぼ全てだった。

ところがなんと私が考えたこともなかった(不勉強で)M. abscessusが、肺の嚢胞性線維症の患者さん中心に世界で広がり始めており、この菌が人から人への感染能力を獲得していることを示唆する研究が最近英国のサンガー研究所を中心とするグループにより報告されたことを知って驚いた。

11月11日号のScienceに掲載された、「Emergence and spread of a human-transmissible multidrug-resistant non-tuberculous mycobacterium(伝染性で多剤耐性の非結核性抗酸菌の出現と拡大)」というタイトルの論文だ。早速読んでみた。

健康な人がNTM感染により病気になることは稀で、M.abscessus(MAS)感染が問題になるのは、嚢胞性線維症と呼ばれる遺伝性の病気を持つ患者さんだ。しかしMASに一旦感染すると、慢性化する確率が高く、また薬剤耐性菌が多いため、厄介な病気だ。

この研究では、英国、アイルランド、米国、オーストラリアの嚢胞性線維症センターで治療を受けている患者さん517人から分離した1080株のMASの全ゲノムを解読し、異なる患者さんに感染した菌の間の近縁関係を調べている。

すでに述べたように、NTMは人から人に感染性が低く、主に飲み水などから感染すると考えられてきた。実際、1990-2000に分離された菌の研究から、患者さんごとに菌株の配列が大きく離れていることが示され、感染は孤発性であることが確認されていた。

ところが、この研究で新しく調べた患者さんの75%は孤発性ではなく、起源が共通の近縁ファミリーに属する菌に感染しており、中でも3種のファミリーに属する菌の広がりが目立っていることが明らかになった。

すなわち、嚢胞性線維症の患者さんが中心とはいえ、特定の菌が最近急速に世界中に広がっているという恐ろしい結果だ。

DNA配列の比較と広がりから、これらの菌は1970年中期に出現したと推定される。また、感染形式を調べるため、一人の患者さんから得られた菌のゲノムを時間を追って分析し、菌が慢性感染を起こすうちに体内で進化し、他の患者さんに感染したケースまで特定している。

これらの結果は、最初孤発性だったMASが患者さんの中で進化を遂げ、人から人へと感染する能力を獲得し、嚢胞性線維症の患者さんを中心に世界中に広がっていることを示している。

試験管内の実験から、こうして生まれたMASはマクロファージに取り込まれやすく、また細胞内での生存力が強く、様々な抗生物質に耐性であることが明らかになった。

この結果が正しく、人から人へと感染する菌が現れたとすると、嚢胞性線維症患者さんだけでなく、基礎疾患で免疫機能が低下している人や高齢者は気をつける必要がある。

気になって調べてみると、2013年西神戸医療センター呼吸器外科のグループから日本呼吸器外科学会誌に発表された論文では、この時点で把握できている我が国でのこの菌による発症例は32例で、基礎疾患のある患者さんは多いが、嚢胞性線維症の患者さんは含まれていない。さらに、全く基礎疾患なく発症する例もかなり存在するようだ。

倉敷中央病院のグループも今年J.Infect.Chemther.誌に、8年間に経験した18例を報告している。

これらの報告から考えると、人から人への感染性を進化させた菌がさらに新しい進化を遂げ、新しい結核として普通の人にも拡大していく危険性を十分認識する必要がある。まず我が国でも今回調べられたファミリーの菌による感染があるかどうか確認が必要だろう。

私も論文を注視して、定期的に報告したいと思っている。