米国科学界のトランプに対する懸念

(写真:ロイター/アフロ)

半分以上の人が投票に行かず、わずかとはいえ得票率で劣るドナルド・トランプが次期米国大統領に決まった。選挙制度だからと言ってしまえば簡単だが、8年前の熱狂の代わりに、双方の支持者を隔てる大きな溝だけが残る選挙だった。この溝はアメリカ国内にとどまらない。選挙直後にドイツ首相メルケルが心配したように、これからのアメリカ政府は「自由と民主主義」という価値を他国と共有するかどうかすら懸念される。同じように、米国科学界もトランプとの間に横たわる大きな溝に立ちすくんでいる。トランプが反グローバリズムなら、あらゆる分野の中で最もグローバルな科学は槍玉に上がる可能性がある。またこの溝を直感するからこそ以前このサイトで紹介したように米国科学界はトランプ嫌い一色になっている

このように、科学界はトランプ政権の科学技術政策に大きな懸念を抱いているが。選挙後に発行されたNatureとScienceはともにトランプの科学技術政策についての記事を掲載している。

両紙に共通するのは、トランプ政権が地球温暖化ガス削減のためのパリ議定書に反対するだろうという予想だ。TPPと同じで、トランプは選挙中も温暖化ガス問題は中国に責任があり、米国に責任はないと明言している。とはいえ、米国議会もパリ協定を批准しており、大統領といえども反故にするわけにはいかない。おそらく、目標達成の実行策を話し合うマラケシュ会議に協力的に参加しないという方法で、アメリカの責任を放棄するだろう。

これと並行して、この法案の審議を行う最高裁判事に反対派を指名して、法案を事実上無力化することも行われると予想している。

このように予想される政府の後退を防ぐため、Scienceは米科学界がこれまで以上に温暖化問題の重要性を証拠で示していくほかないと科学者に檄を飛ばしている。

温暖化問題ほどではないが、科学界が抱くトランプ政権への懸念の一つが、ヒトES細胞研究に代表される、胎児組織の研究利用の問題だ。もともと、ブッシュ大統領はキリスト教原理主義的信条から、連邦予算をヒトES細胞研究に使うことを禁じていた。さらに大統領の指示で、議会でもES細胞研究禁止の法案を通過させようとする動きがあった。実はこれを阻止するためのロビー活動として、友人のZonやDaleyの呼びかけに集まった有志で始まったのが国際幹細胞会議で、最初の会議はワシントンで開催した。

幸い法案は通らず、また大統領禁止令はオバマ政権で廃止、現在では約190億円の連邦予算がヒトES細胞研究に拠出されている。

トランプは選挙中に、中絶胎児組織利用に反対する団体を支持する発言を行っている。彼自身のヒトES細胞に対しての発言はほとんどないが、ペンス副大統領は常にヒトES細胞研究に反対していることから、ブッシュ時代に逆戻りする可能性は高い。

やはり両紙が共通するのは、移民審査が厳しくなることで、アメリカ研究機関への優秀な人材リクルートが滞る可能性だ。さらに、一般的に科学者のトランプに対する印象は悪く、アメリカで働く外国人研究者が帰国する可能性が高まるのではと予想している。

以上が、両紙がトランプに対する科学界の懸念として取材した内容だが、おそらく最も大きな懸念は、科学者との接点がほとんどないという点だろう。これを補足する意味で、ScienceのMalakoff記者はトランプ政権最重要閣僚として取りざたされているギングリッチと科学について記事を寄せている。

この記事によると、ギングリッチはこれまで科学と多くの接点を持っており、動物園好きで、さらに演説で例えば有名な類人猿の行動学者DeWahlの本を引用し、アメリカ神経科学会で演説したこともあるようだ。

一方政治的には、トランプと同じで、国際協調による温暖化ガス削減には反対しており、パリ協定から脱退する方向の動きを取るだろう。またこれまでの発言から、ヒト受精卵の研究利用には反対する可能性が高い。

ただブッシュと異なり、ギングリッチは稀代のプラグマティストで、これまでの主張はいくらでも翻す可能性がある。また彼が閣僚に入ることで、共和党が伝統的に掲げる小さな政府に基づく連邦予算削減から、科学技術予算を削らないよう働きかける可能性もある。

以上から総合すると、有人火星探索などNASA大型予算をスケープゴート的にカットするが、脳科学など科学予算はできるだけ確保するという政策は守るのではと予想している。

このような記事を読むと、どんな政策が取られるにせよ、科学界は自分たちの基準が一般市民からかけ離れている現状を再認識し、これまで以上に、一般人と科学界の溝を埋める新しいアイデアを絞り出す努力を続ける必要があることがわかる。結局はふたを開けるまで、何もわからない。