マイノリティーへの眼差し:区別と融合の両立

(写真:ロイター/アフロ)

アメリカのオバマ大統領は、欧米各国が進めてきたマイノリティーに対する差別との戦いの象徴だ。同じように、英国のロンドン市長にパキスタン系移民2世、またドイツの緑の党(同盟90/緑の党)の党首にトルコ系移民2世が選ばれたのも、この理想が着実に実現に向かっている証拠だろう。とはいえ、マイノリティー差別克服には自然感情を超える理性が必要だ。トランプ現象に見られるように、この理性の努力はあっという間にポピュリズムに飲み込まれる。こんな時代こそ、社会の理想とは何かを常に指し示そうとする知識人の努力は重要だ。

医師や医療従事者は敵でも差別が許されない、理想を常に掲げる理性が要求される職業だ。今日紹介する、The New England Journal of MedicineとThe Lancetに掲載された、それぞれボストン小児病院のShuster氏らの意見と、メルボルン大学を中心とする国際研究チームの論文は、マイノリティー差別について医師が掲げるべき理想とは何かを考えさせることの多い論文だった。  

トランスジェンダー差別を医療現場からなくす。

Shuster氏らの論文のタイトルは「Beyond bathrooms ーMeeting the health needs of transgender people (トイレ問題を超えて~トランスジェンダーの人々の健康ニーズに答えるために)」だ。

昨年の5月、アメリカ最高裁で同性婚を認める画期的判決が出された。その時の判決文の格調の高さはアメリカが理想を求める国であることを明瞭に示している。出だしを紹介すると、「No union is more profound than marriage, for it embodies the highest ideals of love, fidelity, devotion, sacrifice and family (結婚より深いつながりはない。なぜなら結婚には愛、信頼、献身、犠牲、そして家族のもっとも高い理想が実現している)(拙訳)」で、判決文からアメリカの理想とは何かがよくわかる。

しかしトランスジェンダーが社会に融合するには、トランスジェンダー以外の人間が理性で差別を克服する努力が必要になる。

例えば現在アメリカでは、トランスジェンダーの希望する側のトイレを使用させていいのかホットな議論が行われている。というのも、トイレの利用でのトラブルがトランスジェンダーが暴行を受ける最も多い原因になっている。

また、まだ理性で感情を制御できるほど成熟していない子供たちが通う学校でのトランスジェンダーのトイレ問題はもっと深刻で、イジメを避けるため我慢して尿道炎になったり、水を飲むのを我慢して脱水になったりする子どもがいるようだ。

アメリカでは国を挙げてこの問題に取り組み、驚くことに12の州政府が、トランスジェンダーのトイレ対策が適切でないと、学校長を相手に訴訟を起こしているらしい。

また、トップ500社のうちトランスジェンダーを認める企業が、2002年には15社しかなかったのが、現在では375社に達している。

トランプ大統領が選ばれれば、これらの努力は水泡に帰すのではと懸念するが、それでも官民あげて理性でマイノリティーを受け入れるアメリカの努力は我が国のずっと先を言っていることを知る必要がある。

この論文は、医師や医学者に対し、トランスジェンダーに対する準備を呼びかけるとともに、心や体についての研究を加速する必要を訴えている。アメリカでさえ今も、トランスジェンダーの19%が診療を拒否され、28%がハラスメントを受けていると感じているとする調査がある。

このため、まず医療従事者がトランスジェンダーを知り、病院の体制やルールを変えることが必要になる。

例えば、患者さんを呼ぶときMr/Ms、あるいはHe/Sheを使い分けることの重要性など詳細にわたって議論が進んでいるのがわかる。

さらに体についての理解も重要だ。男性へと性転換手術したトランスジェンダーには子宮頸部が残存することを知らないと、子宮頸がんを見落とすことになる。

このように、医療従事者は、患者さんの側に立つ医療を徹底するため、理性に基づく徹底的な自己努力が必要だと説いている。そして、トランスジェンダーが、いつか右利き左利きの区別と同じように扱われる社会を目指すべきだと理想を掲げた素晴らしい文だ。

次の大統領が誰になろうと、医療現場ではこの理想が掲げ続けられることを期待したい。

先住民問題:融合だけがゴールではない。

しかしマイノリティー問題は、マイノリティーを社会に完全に融合して、マイノリティーという標識が消え去ることがゴールでないことを議論したのが次に紹介するThe Lancet論文で、タイトルは「Indigenous and tribal peoples’health: a population study(原住民、部族民の健康)」だ。

今移民問題を契機に差別主義が再燃しているようだが、よく考えてみればほとんどの国で先住民が存在し、現在の国民のほとんどは、ある意味で移民と言える。そして、先住民が逆差別を受けている国は多い。2015年国連が理想として掲げた17の解決すべきゴールには、貧困、栄養、健康、教育、そして国内での格差問題が含まれる。各国が抱える先住民、部族民の状況は、国連の掲げる理想の達成度を知るための一つの指標になる。

先住民は例えばアメリカ、カナダのような高所得国のイヌイットから、パキスタンのような低所得国の遊牧民まで、ほとんどの国が抱える問題で、各国でのマイノリティー差別を知るバロメーターになる。わが国でもアイヌは私たちの子供の頃は重要な問題になっていた。

この研究では、国際チームが組まれて、23カ国、28の先住民について、平均寿命、幼児死亡率、新生児体重などの健康指標が調べられ、膨大なデータが示されている。詳細は全て省いて結論を一言でまとめると、「予想通り、先住民はほとんどの国に存在し、高所得国でさえもその健康状態は一般の国民と比べ劣っている。ただ、状況は国によってバラバラで、各国独自の取り組みが必要だ」になる。

ただデータの中で私が個人的に気になったのが、北欧各国に住む原住民のケースだ。これらの国では、当然先住民を差別することがないよう、完全に融合政策が徹底している。例えばスウェーデンのサーミ族が住む地域でも、サーミ族のの割合は2割以下で、住所も含めて完全融合が進んでいることがわかる。国勢調査でもサーミ族がわかるような調査項目は固く禁止されている。しかし今回サーミ族を区別して調査してみると、例えば新生児死亡率は、明らかに一般国民より悪いことが明らかになった。以上のことから、差別を撤廃してマイノリティーの標識を全て消し去ることがゴールではなく、マイノリティー自身の協力のもと、特別の政策をとることの重要性が浮かび上がっている。

以上、医学では最も権威ある雑誌The New England Journal of Medicine, The Lancetが、いかなる差別の時代にあっても、医師こそ高い理想を掲げ、その実現を図ることが使命であると檄を飛ばすために掲載した論文を紹介した。世界が何か逆方向に走り始めた気がする今、自分が何をすべきか覚悟を新たにさせる論文だった。