触覚障害と自閉症(心と体を結ぶ糸が切れたら:7月14日号Cell掲載論文紹介)

昨日(論文を読んで心と体について考えた)、医学において「心」と「体」を切り離すことが本当は難しいこと、そして逆に「心」を体から切り離して考える人工知能研究の問題を指摘した。参照した論文が他愛ない論文で、大上段の議論のためには少し物足りなかったと思うが、全ては今日、紹介するハーバード大学からの画期的な論文のための伏線だったと理解してほしい。

AASJチャンネルでの勉強会

さて、明日(6月25日午後2時)私たちのAASJチャンネルで、MECP2重複症のお子さんを持つお母さんとこの病気の勉強会を行い、ニコニコ動画で放送する予定だ(AASJチャンネルをぜひ見てください)。この病気は2005年に初めて特定された新しい病気で、MECP2遺伝子の重複が原因だ。患者さんの家族だけでなく、医学を勉強している学生さんにも2時からの放送を是非見てほしいと思うが、この番組について今日宣伝記事を書くため、MECP2についての最新論文を探していたところ、この画期的な論文に行き当たった。

論文紹介

論文のタイトルは「Perpheral mechanosensory neuron dysfunction underlies tactile and behavioral deficits in mouse models of ASDs (末梢の機械刺激ニューロンの異常が、自閉症モデルマウスの触覚異常だけでなく行動異常の背景にある)」で、7月17日発行予定の「Cell」に掲載されている。

MECP2は、メチル化されたDNAに結合するタンパクで、これが欠損するとレット症候群、この遺伝子が重複するとMECP2重複症になる。それぞれの症状は異なるが、ともに自閉症様の社会性発達異常を伴う。ただ、原因遺伝子がわかっても、なぜこの様な症状が出るのか明瞭な説明はまだできていない。

自閉症スペクトラムの研究は、専ら脳の研究に焦点が当てられている。しかし、MECP2機能が欠損するレット症候群では触覚過敏症が見られることが知られており、また多くの自閉症スペクトラムでも触覚異常が報告されている。この症状をヒントに、このグループは体の感覚を伝える体知覚神経異常が自閉症様症状の原因になっているのではと着想した。すなわち、中枢神経ではなく、体と脳を結んでいる体知覚神経の異常が自閉症を起こしているのではと考えたのだ。この仮説を証明するため、マウスの体知覚神経だけでMECP2遺伝子を欠損させ、社会行動異常との関わりを調べたのがこの研究だ。

断っておくが、これは全てマウスモデルで行われた研究で、ヒトにどれだけ当てはまるかは不明だ。ただ、MECP2欠損や重複に関しては、マウスやサルのモデルとヒトの病気は、よく相関していることは述べておく。

さて、あらゆる詳細を省いて結論だけを述べると、

1) 未成熟段階に、体知覚神経だけでMECP2遺伝子を欠損させると、触覚過敏や新しい物体を触って認識する機能の低下などの体知覚異常がおこるが、これに加えて社会行動異常も起こる。

2) 成熟してから同じ様に体知覚神経のMECP2遺伝子を欠損させると、触覚異常は起こるが、社会行動異常は起こらない。

3) MECP2が完全に欠損したレット症候群モデルマウスの体知覚神経だけでMECP2遺伝子を発現させると、触覚異常とともに社会行動異常も正常化する。しかし、記憶や運動障害は治らない。

4) MECP2欠損は、GABA受容体の発現低下を介して体知覚神経異常を誘導する。

になる。

体知覚刺激で自閉症の発症を防げる?

これらの結果は、MECP2欠損による自閉症様症状は、体と脳をつなぐ体知覚神経の異常が主因であることを明確に示した。すなわち、体知覚からの刺激が弱いと、社会行動に関わる脳回路発達が遅れ、社会行動異常が起こることになる。もしこれが正しければ、レット症候群の患者さんの体知覚を、例えばスキンシップなど刺激できれば、治すことが可能かもしれない。また、他の自閉症スペクトラムにも同じ様なケースがあれば、末梢体知覚刺激を通した治療といったパラダイムの変換につながるかもしれない。その意味でこの論文は重要な貢献だと思う。

「この様に、心の発達に体からの刺激は必須だ」とカミさんに熱っぽく語ったら、「体知覚刺激は、オキシトシン(※)刺激かも」と答えが返ってきた。マウスモデルとはいえ、今後様々なことが明らかになる予感がする。

※オキシトシン(Oxytocin):脳内の視床下部の室傍核と視索上核の神経分泌細胞で合成、下垂体後葉から分泌され、ストレスを緩和し幸福感をもたらすペプチドホルモン