イスラム国の活動をネット投稿から分析する(論文紹介)

(写真:ロイター/アフロ)

あらゆることが手続きさえ踏めば科学論文の対象になる。国家の行動や盛衰は本来、歴史学の対象だったが、その行動の背景を科学的に分析することができれば、科学研究の対象に当然なりうる。

6月17日このサイトで、アメリカ科学振興協会が発行するトップジャーナル「サイエンス」が、従来人文系学問として分類してきた問題に科学の光を当てようとする研究を強く後押ししていることについて述べたが、今日のイスラム国(ISIS)についての論文もその方針の表れだろう。

シリア・イラクでのイスラム国は往時の勢いにも陰りが見えてきたが、パリ、ブリュッセルと立て続けにテロ攻撃を繰り返し、存在感を示している。イスラム国の特徴の一つが、SNSや動画投稿サイトを戦闘員のリクルートやプロパガンダに最大限に利用していることで、2013年発足の組織が急速に成長できた要因の一つとなっている。しかしSNSを多用することは活動や支持者の情報を公にすることで、SNS全体の中からイスラム国関連の情報の流れを抽出してイスラム国活動を分析できる可能性がある。

この可能性に気付いてSNSの分析を行っているのは、各国の情報機関だけではない。驚くべきことにネットからイスラム国やテロ集団の活動を分析する研究は、数多く報告されている。これらによると、階層性がしっかりしたテロ組織や、逆に一匹狼的テロリストの活動をネット投稿から把握することは難しく、ネット投稿は潜在的支持者の分析に役立つ程度とされてきた。

これに対し、今日紹介するマイアミ大学からの論文は、

1)投稿を通してネット本来の自由なつながりをベースに、ISIS支持集団が形成される。

2)この集団をハブとして、自然発生的に閲覧者の間の結合が急成長する。

3)急成長したネット上の集団が、現実の共同作戦へとエスカレートする。

の一連の過程をネット投稿から分析できることを示した研究で、6月17日号の「Science」に掲載された。タイトルは、「New online ecology of adversaryial aggregates: ISIS and beyond (敵対的集団の新しいオンライン上の生態学:イスラム国、そしてその先に)」だ。

この研究では2014年以降、ロシアの会社が提供している「VKontakte」(フコンタクチェ(ロシア語:ВКонтакте(フカンタークティエ)連絡中の意味):ロシアで首位を争うソーシャル・ネットワーキング・サービス)上に投稿された全書き込み記録と、その閲覧者についての記録の中から、イスラム国を支持する書き込みと、閲覧者を抽出し、ISIS支持集団と支持者たちの移り変わりを調べている。

私たちにはもっと馴染みの深いSNS最大手のフェースブックやツィッターでは、イスラム国支持の書き込みが即座に遮断されるため、今回の研究には利用していない。我々から見ると、ちょっとマイナーなSNSサイトで大丈夫かと思うが、ロシアの「VKontakte」では、運営者による遮断は行われないため、ISISがプロパガンダに最もよく利用するサイトのようだ。またこのサイトは、ISIS戦闘員を多く供給するチェチェン出身の利用者が多い点もこの研究が注目した点だ。

この膨大な記録の中から、様々な言語で書かれたイスラム国支持の書き込みを検索し、書き込みを行ったユーザーと閲覧者の結合とその頻度を再構築して、個人の書き込みがから、小さな集団が形成され、それが発展して実際の共同行動へ発展する過程を分析している。

例えば、2015年1月から8月までの分析から、196の大小の集団が存在し、その集団をフォローしている約10万人の個人を特定できる。この集団の数は、刻々変化し、またフォロアーも刻々変化する。示された図をお見せできないのが残念だが、半年ほど続く集団もあれば、1ヶ月も続かない集団もある。また、活動を休止した後、急に再生する集団。あるいは、途中で集団の名前を変える集団などが完全に特定できる。

この集団の発展は自然発生的で、決して階層的な組織構成をとるわけではない。このような活動の中から、多くの若者がISISの戦闘員としてリクルートされるのだろう。

この研究では、自然発生的な結合が、急速に拡大して実際の共同行動へと発展できる可能性に特に焦点を当て分析している。

この例として、2014年イスラム国がトルコ国境のクルド族の村Kobane(コバネ:シリア北西部アレッポ県の都市)を急襲した事件前後のネット上のISIS支持者の集団形成について示している。これによると、Kobane襲撃の半年前から徐々にネット上での支持集団の数が増え、それが急速に増大したピークに実際の襲撃が起こり、再び沈静化する様子が示されている。

さらに書き込みを分析すると、襲撃ルートなどの作戦の詳細まで記載されていることがわかり、襲撃や共同作戦が必ずしも秘密裏に階層的命令系統の中で実行されるだけでなく、自然発生的に組織化されることがありうることを示している。

比較のために、ブラジルで2013年に自然発生した反政府デモについても分析が行われており、やはりデモの半年前からネット上の集団が増加を始め、急速に増加したピークでデモが発生しているのがわかる。

これらのデータに基づき、この論文ではネット上での小さな集団が、現実のデモや作戦へと発展する過程の数理モデルを作成し、これを防ぐための手立てまで示唆している。特定のPCからネット上への投稿を阻止することは容易で、コストもかからない。自然発生的ISIS共同作戦阻止の手段に十分なりうる可能性はある。確かに21世紀の社会問題に切り込んだ面白い論文だと感心した。

ただ最初ISISの共同作戦を阻止できるとはすごいと納得する論文だが、よく考えると手放しで喜べる論文でないことがわかってくる。

この数理モデルが予測できるのは、ネット上のバーチャルな活動が、多くの人間が参加する現実の行動へと移行する過程で、おそらくパリのバタクラン劇場襲撃やブリュッセル空港爆弾テロを起こした集団の分析には利用できないことに気づく。とすると、この数理モデルが一番役に立つのは、自然発生的な一般市民の抗議行動の予測ということになる。

誰がこのような分析を日常行い、また数理モデルを必要とするか?を考えると、ISISと対峙する情報機関より、自然発生的反政府デモを抑えたい当局ではないかと思える。

実際、中国ではネットでの情報を当局が調節して、自然発生的デモの勃発をコントロールしていると聞くが、今日紹介した論文と同じ分析とモデリングが行われているかもしれない。

もちろんこの誘惑は非民主主義国家に限らない。我が国を始め民主主義国でも、為政者なら誰でもこの技術を使いたいという誘惑にかられるだろう。まさに両刃のつるぎであり、利用者の心の強さが問われるものである。

ネットへの投稿は知らず知らずのうちに、私たちをビッグブラザーによる支配に道を拓いているのかもしれないと思うと、「1984年」(Nineteen Eighty-Four:作家ジョージ・オーウェル(イギリス)の小説)的世界を具現化するツールとなるのではないかと、背筋が寒くなる。考えさせる論文だった。