階層化の遺伝学

同じ階層の結婚:ルクセンブルグ皇太子(写真:ロイター/アフロ)

昔から家柄の釣り合わない恋愛や結婚は、悲喜劇の背景として小説や映画の題材になってきた。というのも、多くの結婚は自然に階層的に「釣り合いの取れた」男女間で行われることが多い。私もそうだが都会ではサラリーマンの娘と息子、農村では農家の娘と息子といった組み合わせが最も多いのではないだろうか。しかし「釣り合いの取れた」自然選択が続くと、社会・経済的な階層が、遺伝的にも分離した「人種」に発展する心配がある。「あの人は私たちと同じ人種ではない・・」と言ったセリフは、上流階層が「人種」として固定していてほしいという、逆の希望の現れだろう。

この懸念(or 期待?)の背景には、社会・経済的階層と、頭脳や体格などが相関しているという考えがある。我が国はそれほどでもないだろうが、ヨーロッパのエリートは、カジュアルな服装をしていても、その体型やほとばしる教養からその階層を言い当てることができるほどだ。

一方、様々な脳機能やその病理、そして身長を始めとする身体的特徴の背景に遺伝的多型が存在することは自明のことと考えられている。だとすると、同じ階層間で結婚が繰り返されれば自然に、知能や体格に関わる遺伝子多型が分離し、階層という「人種」に発展する可能性は十分考えられる。実際、遺伝的差異で階層が決まる話は、近未来小説やSF映画の世界では繰り返しテーマになってきた。しかし、社会階層を特徴付ける遺伝子があるか調べた研究はまだ多くない。

今日紹介するニューヨーク大学社会学教室からの論文は、米国でのヒスパニック以外の5000人近い白人の夫婦の学歴、慎重、体重、うつ病の罹患歴と、この形質と相関する遺伝子型を調べ、 この20世紀の社会的変化が階層同士の結婚を通して遺伝的な分離を引き起こしていないか、またその分離が子供の数の変化につながっていないか検討した研究で、5月31日号米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Assortive mating and diffential fertility by phenotype and genotype across the 20th century (20世紀を通じた形質と遺伝型による選択的結婚と生殖能力の差異)」だ(www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1523592113)。

この研究の究極の目的は、個人が属する社会階層を遺伝的多型(SNP)データから予測できるか調べることだ。しかし、階層を定義することは簡単ではない。従って、階層を直接研究するのではなく、夫婦の形質やその遺伝型が似ているかどうかを調べている。分かりやすく言うと、似た者同士が夫婦になっているか調べている。もし夫婦の多くが遺伝子型でも似ているとすると、結婚により遺伝子型が分離する可能性は十分ある。

この研究ではまず、最終学歴、身長、BMI、うつ病の有無などの形質を調査、その結果をスコア化している。ここで選んだ形質は、これまでの研究で形質と相関するSNPが特定されている。そこで次に、この SNPデータから、各個人の学歴、身長、BMI、うつ病についての一種の遺伝的リスクをスコア化し、遺伝子型として比較に用いている。すなわち、実際の形質についてのスコアと、遺伝的リスクについてのスコアを算定して、夫婦間でこのスコアがどの程度似ているかを算定している。

対象に選ばれた集団は、1919年から1955年生まれの夫婦で、私もこの中に入る。結婚時期でいうと戦後経済成長期に結婚した世代と言えるだろう。この広い年齢層の夫婦を比べることで、20世紀のトレンドを調べている。

結果だが、結婚した相手同士は、最終学歴、身長、BMI、うつ病の全てで、形質的にも、遺伝的にもスコアが似ている。すなわち、形質、遺伝子型ともに結婚相手の選択に影響していることが明らかになった。夫婦で遺伝子型のスコアが似ているのは驚きだが、特に最終学歴と身長に対応する遺伝指標は、伴侶の選択にはっきりと影響が見られる。

次に各世代で形質・遺伝型のスコアをプロットして20世紀を通したトレンドを見ると、時代とともに伴侶選択に及ぼす、最終学歴・身長・BMI、各形質の影響力が上昇しているのがわかる。すなわち、20世紀が進むに従い、結婚に際して精神身体的特徴が伴侶選択に影響する度合いが上がっている。

ところが、遺伝指標のスコアを年度別に比べてみても、身長に対応する遺伝指標を除いてほとんど変化がない。すなわち、形質自体は結婚に影響しても、これが遺伝的分離をもたらすまでは至っていないことがわかる。

次にこの4種類の形質、遺伝子型と、子供の数との相関を調べると、学歴とははっきりと逆の相関を示す。すなわち高学歴ほど子供の数は少ない。次に夫婦のSNPデータから計算される遺伝子スコアと子供の数を相関させると、はっきりした負の相関が見られるのは学歴に対応する遺伝指標だけで、身長、BMIに対応する遺伝的指標では逆に弱い正の相関が見られる。最後に、遺伝的分離が少子化という20世紀のトレンドに影響しているのか調べ、遺伝的背景の影響がもしあるとしても弱い影響しか認められないと結論している。

以上をまとめると、学歴や身長という形質自体は結婚の条件として階層化に関わっており、時代とともに影響は強くなっている。またこれと並行して少子化が特に高学歴層で進んでいることは確かだが、これが遺伝的な分離に発展するところまでは至っていないという結論になる。

いつかこのような格差の遺伝背景を調べる論文が出ると思っていた。しかし格差が遺伝的差異がとして固定されるのではという懸念を一応否定するホッとする結果だが、示されたデータを詳しくみると、有意差はなくとも弱い相関が見られるので、気にかかる。さらに長期の調査が行われば結果が変わる可能性も残っている。また、この調査はアメリカというダイナミックな社会の経済成長期に行われている。もし、長い期間にわたって階層が固定してきたヨーロッパで行われれば異なる結果になるかもしれない。もちろんわが国がどうかも気になるところだ。

いずれにせよ、この問題に対しては、遺伝的分離を心配するより先に、階層が固定されないダイナミックな社会を維持するための処方箋を見つけることが肝心だと思う。