米国に労働党が存在しない理由

欧州やカナダには労働党などの労働者を代表する党が存在する(写真:ロイター/アフロ)

今回のアメリカ大統領選挙を見ていると、民主党や共和党が本来なら受け入れられないサンダース氏やトランプ氏が活躍し、予備選挙は様変わりの様相を示している。報道によれば、サンダース氏、トランプ氏ともに、自由主義経済に取り残された人々の支持を背景に、予備選挙で番狂わせを演じてきたようだが、考えてみると経済発展から取り残されたいわゆる労働者層の受け皿が、現在の経済政策を推進してきた民主党、共和党に収まるのは、皮肉に思える。欧州の労働党や社会党、社会民主党のような、労働者や労働組合を代表する政党がアメリには確かに存在しない。

この疑問「なぜアメリカに労働党はないのか」に答えた面白い論文を見つけた(私もたまには社会科学の論文を読む。)。カナダ・マクギル大学の社会学者Barry Eidlin氏が米国社会学会機関紙である「American Sociological Review」(2016, Vol. 81(3) 488-516)に発表した論文でタイトルは「Why is there no labor party in the United States ? Political articulation and the Canadian comparison, 1932 to 1948(なぜ米国には労働党がないのか?政治的統合の役割とカナダとの比較)」だ。

読んでみるとさすが社会学論文、イントロダクションにはマルクス、エンゲルス、カウッキーなどの引用がならぶ。扱っている問題から言えば、当然と言えば当然の引用だが、科学論文に慣れきっている私には逆に新鮮に感じられた。さらに驚くのは、この論文のライトモチーフとしてイタリア共産党のアントニオ・グラムシの言葉「政治的にいえば一般大衆は政党に組織化されて初めて一般大衆として現れる」が、掲げられていることだ。私自身にとって学生時代に読んだ懐かしい名前だが、社会学の世界では、今でも当たり前のように引用されるのかと驚いた。

論文の内容を紹介する前に、労働者や農民を代表する独立政党をLPという名前で総称する。現代のカナダでは新民主党がこれにあたる。

論文ではLPの存在しない米国と、存在するカナダの政府や労働組合などから100年以上にわたる様々な統計データを得て参考にするとともに、当時の政治状況を米国とカナダで比べ、異なる意見を批判的に検討した後で、自分の考えを述べている。科学論文に慣れた私の目から見ると、学術論文と我が国の評論の中間に位置づけられる。

まずアメリカにLPが存在しないのは、建国以来のアメリカ政治の特徴なのかどうかを調べるため、1800年後半から現在まで、独立したLPが得ていた支持率を調べ、グラフにして示している。この調査によると、大恐慌前までは、米国もカナダも、LPを支持する層が存在した。ところが大恐慌のあと、米国からLP支持者が完全に消え、現在に至っている。一方カナダでは年度により変化はあるが、LPは20-30%の支持を得てきている。

この結果は、アメリカからLPが消滅した原因は大恐慌時の政治状況に原因があることを示唆している。

ではアメリカからLP政党を消滅させた政治状況とはなんだったのか?

恐慌後、都市への人口集中、農村人口の低下、労働組合への労働者の組織化などは両国で同じように進んでいるので、社会経済的条件でこの差を説明することはできない。

このため、この差の原因について、両国の国民性の違い(例えば米国は共和主義で、個人の自由を優先する)といったソフトな面に焦点を当て説明されることが多かったようだ。詳細は省くが、この研究では幾つかの有力な説を俎上に乗せ、いずれの説も根拠が乏しいとして論破している。

そして最後に次のような考えにたどり着く。

国民性や政治風土の違いは確かにLPが成立するための制約因子として働いていても、最終的な決定因子になりえない。重要なのは「一般大衆は党派として組織された時に初めて一般大衆として現れる」とグラムシが語るように、声なき声を党派がまとめて声にすることだ。この観点から両国の政治史を見直してみると、大恐慌に直面した米国、カナダの各政党が労働者や農民に対してとった政策が、その後のLPへの支持の大きな差を決定付けたという考えだ。

ではこの差を生んだ政策とはなんだったのか?

論点を箇条書きにすると、

1)大恐慌以前は、米国でも労働者や農民に支持される独立左翼政党は存在した。

2)この差の原因を労働組合組織に求めることは難しい。伝統的に多くの労働組合は民主党支持が多いが、米国の労働組合の中には共和党を支持する組合が存在してきた。

3)大恐慌により最も苦境に追い込まれたのが両国の労働者、農民で、当時政府に対する抗議活動が頻発する。

4)この抗議に対して、民主党ルーズベルトはニューディール政策を打ち出し、有名な「忘れられた人たち」と題する演説で、民主党が、都市労働者や農民を代表していることを訴えることで、労働者、農民の運動を民主党に吸収することに成功した。

5)一方、カナダでは、既存の政党は労働者や農民の抗議運動を抑圧する方向に動いたため、政党から除外された労働者・農民はオルタナティブとして独立した左翼政党を形成する(当時の協同連邦党、現在の新民主党)

これ以外にも様々な論点が示されているが、詳細は省く。

要するに大恐慌で苦境に立たされた労働者、農民をアメリカでは既存の政党(民主党)がニューディール政策で救済し、積極的に取り込んだことで、オルタナティブとしての独立左翼的政党の成立が抑制されたという結論だ。事実アメリカにも存在したLP(例えば、ミネソタ州では恐慌前は農民労働党が存在し、選挙で勝利することもあった。)は恐慌後、消滅している。

私は、社会学の素人だが、本当にルーズベルトの政策だけですべて決まるとはなかなか納得しづらい。特に今回のアメリカ大統領選挙を見ていると、予備選挙という仕組みが声なき声を政党の中に吸収し、党の声に変える仕組みができているように感じる。このおかげで、ルーズベルトも「忘れられた人」を支援する政策を打ち出すのに成功したのだろう。要するに今、サンダース氏が勝利したようなことが起こったと言える。言葉を変えると、大統領選挙の予備選で、各政党は共産主義を除くあらゆる選択肢を許容し、その中から一つを選ぶ過程を、時間をかけて進めるため、ほぼ全ての階層が取り残されることはない。

一方欧州やカナダをみると、政党の許容力が低く、20世紀初頭の社会主義政党や、現在の緑の党のように、既存の政党から無視された層が、新しいオルタナティブ政党を組織し発展させている。フランス「国民党」、オーストリアの「自由党」のような右派政党も既存政党から無視されたオルタナティブが成長した例だろう。この論文のおかげで、このような動きを理解できるような気がする。

私にとってこの論文の重要性は、示された答えではなく、「なぜアメリカに労働党がないのか」を考える中で、政党と市民の関係をある程度整理できたことにある。

翻って「日本にLPはあるのか?」を問うと、この論文の考えすら及ばない複雑な構造があるように思える。戦後五十年体制が続いた間は、確かに共産党だけでなく、社会党のようなLPが存在した。ただ我が国では、その後LPだけが分裂、合従を繰り返し、結局共産党以外にLPが全く存在しない状況が生まれている。歴史的には現在の民進党がLPを吸収したようにも見えるが、決して政党から取り残された層が党を作ったわけでもないし、アメリカのように民主党が取り残された層を積極的に取り込んだわけでもない。結局市民不在の特殊な状況が存在しているように思える。

選挙の季節が到来したが、我が国での政党と市民の関係について改めて調べる優れた社会学研究が生まれるのを期待したい。