Reproductive Onset?

いい論文を書くコツは、まずわかりやすく論文の内容を伝えるタイトルをつけることだ。しかし、いいタイトルをつけるどころか、論文のタイトルを読んでも、スーッと理解できない場合がよくあるのは、英語が母国語でない私の悲哀だ。今日、紹介する英国医学研究審議会・疫学研究所からの論文も、タイトル「Physical and neurobehavioral determinants of reproductive onset and success(生殖の開始と成功に関する身体的、神経行動的決定因子)」(意訳を避けて直訳している)を一瞥した時、何か人間の生殖に関わる研究であることはわかったが、具体的に何を調べているのか、私の英語力では、イメージを得ることができなかった。

実は「reproductive onset」(生殖行動の始まり)という文言が気になって読み始めると、「reproductive onset」とは初めての性的交渉、すなわち初体験のことだとわかった。初体験は英語でも「First sexual experience」だが、科学論文にこの日常用語が使えないとすると、「reproductive onset」は納得の用語だと感心する。

要するに初体験年齢を自己申告させ、初体験年齢と相関する遺伝子多型(SNP)をゲノム全体にわたって調べたのがこの研究で、「Nature Genetics」に掲載予定だ。

SNP

SNPとは、各個体のゲノムの間に見られる塩基配列の違いで、例えばこの研究の場合、ある特定の場所の塩基がA(アデニン)の場合、初体験が早く、T(チミン)の場合初体験が遅い人が多いとすると、この違い(SNP)は、初体験の年齢と相関すると言える。一般に提供されている個人遺伝子検査サービスでも、同じようにして様々な病気の遺伝的リスクを、相関するSNPから算定している。

初性体験と相関するSNP

さてこれまで、例えば初潮年齢など身体的性成熟指標についてSNPを調べる研究は進められてきた。ただこの研究ではさらに踏み込んで、自己申告による初性交渉(初体験)の年齢と相関するSNPを、ヒトのゲノムに散らばる4,600万SNPについて調べている。またこれと並行して、初産年齢、子供の数など、より身体的指標と相関するSNPも特定して、初体験SNPと比較している。

調査によると、英国の若者の初体験年齢は男女共18歳で、わが国で行われた統計調査の結果より少し早い程度だ。この年齢を、他の性的、身体的成熟指標と比べると、思春期開始年齢が早いほど初体験が早く、また肥満度が高いほど初体験が早い。一方、身長は、関係ないか逆相関している。面白いことに、ヨーロッパの統計では思春期開始年齢と教育レベルは反比例しているが、この結果と一致して、初体験年齢も大学教育率は反比例している。

一番わかりやすい結果は、初体験が早いと、初出産も早く、多くの子供を持つという相関で、これが高等教育の中断につながっているのかもしれない。いずれにせよ性の成熟は、若者が抱える様々な精神的・身体的要因が絡んでおり、その中から一つの要因を取り上げてゲノムと相関が特定できても、複雑な背景が存在するため解釈が簡単でないことは頭に入れておく必要がある。

この研究では、初体験年齢と相関するSNPがなんと33箇所も見つかっている。特定された33のSNPの意味を理解するため、SNPの近くに存在する遺伝子同士の相互連関をコンピューター上で検索すると、「概日周期」、「テロメア形成」、「RNA複製酵素発現」、「Notchシグナル経路」などの生命過程が初体験年齢と相関している可能性が示唆される。ただそう言われても、まず一般の方にはチンプンカンプンだろうし、ある程度専門の私の直感とすらかけ離れている。この解析が、納得できる説明になるにはまだまだ時間がかかるだろう。

次に33個のそれぞれのSNPの近くにある遺伝子の機能から、初体験の年齢差を説明できるか調べているが、はっきり言って簡単でないというのが結論だろう。例えば、データ処理技術を使って相関する遺伝子ネットワークの重なりを調べると、自閉症や、統合失調症のリスクと、初体験年齢とが重なる結果が得られる。しかし、もともと自閉症や統合失調症に関わるSNPは100を超えるため、意味を説明することは難しい。

それでもなんとなく納得できるSNPもある。CADM2と呼ばれる神経細胞同士の接着に関わる分子をコードする遺伝子の近くのSNPだ。もともと、リスクを厭わない性格、セックスフレンドの数、子供の数などとも相関していることが知られていたが、今回初体験の年齢が若いことと相関するSNPであることが確認されている。ただ、このSNPは肥満指数とも相関している。先に述べたが、肥満指数は初体験年齢とも相関するので、相関があっても別におかしくもないのだが、どちらが先かなどと考えだすと、説明は難しそうだ。

同じように、この研究では初体験の年齢と女性ホルモン受容体のイントロン部分(転写はされるが最終的に除去されアミノ酸配列には翻訳されない塩基配列部位)にあるSNPの相関が特定されたが、ホルモンと初体験との相関は十分予想できる結果だ。また、女性ホルモン受容体のSNPはこれまでの研究で、思春期の開始年齢や、子供の数や初出産年齢とも相関していることが確認されている。しかし、今回発見されたSNPは従来の研究で様々な性成熟形質と相関があるとして同じ遺伝子に特定されたSNPとは全く異なっている。おそらく性成熟への女性ホルモン受容体の関与の仕方は組織ごとに違っており、例えば脳の精神的成熟に関わるSNPと身体的成熟に関わるSNPが違っている可能性がある。いずれにせよ説明は簡単でない。

初体験年齢とゲノムの相関を相関させようとする大胆な挑戦も、現象論を超えることは難しく、メカニズムに踏み込んだ説明は難しいだけでなく、誤解を招く危険があるというのがこの論文を読んだ正直な印象だ。

しかし、最初「初体験のゲノム」研究として世間受けを狙う興味本位の仕事ではないかと思ったが、精神、身体が密接に絡んだ様々な形質をゲノムと相関させるという21世紀の重要な課題への挑戦の手始めに、自己申告による初体験年齢を取り上るという目の付け所は評価できる。この論文も授業で使ってみたいと思っている。

すこし馬鹿げていると思えるような課題は、科学では世間受けを狙っているだけと敬遠されることも多いが、私としてはそんな挑戦を行う若者をぜひ応援したいと思っている。