捏造の構造分析14 Animal Callus論文

ウェークフィールド事件と比較しながらずいぶん小保方氏捏造事件に深入りしてきた。この辺りで、小保方氏論文の背景を知る目的で、小保方 晴子氏、若山 照彦氏、チャールズ・バカンティー(Charles Alfred Vacanti)氏らが「Nature」に送り、リジェクト(reject:掲載却下)された最初の論文を読み直してみることにした。これまで、笹井 芳樹さんの手が入った完璧な論文は詳しく検討されてきたようだが、彼が参加する前、「Nature」からリジェクトされた論文については、理化学研究所「研究論文に関する調査委員会(委員長:桂 勲)」(以下、「桂委員会」という。)の中で少し触れられる程度で、ほとんど論評されたことはない。研究で一番楽しいのも、一番苦しいのも論文を書くときだ。その意味で、リジェクトされたにせよ、笹井さんが全く関与していない最初の論文を読み直すことで、小保方さんや若山さんの生の声が聞けるのではと思った。

また、もう一つ読み直したい理由がある。私が最初この研究の全貌に触れたのは、若山さんがメールで送ってきたこの論文からだった。当時内容の面白さにも驚いたが、幼いというか、初々しいというか、論文の書き様についての印象は鮮明だった。この印象をもう一度たどれば、何かわかるのではと期待した。

Neurodiversity

今回の趣旨は、決して論文から著者の異常を見つけようというのではない。今まで、精神的な異常として片付けていた、「自閉症」や「サバン症候群」などの状態を、精神の多様なあり方の一つとして理解するNeurodiversity(神経多様性)の概念が欧米で広がっている。これと同じ概念でのアプローチで分析してみるのが今回の趣旨だ。小保方氏事件が起ったとき、何人もの知り合いから、「私なら異常をすぐに見抜いた。どうしてわからなかったの?」とよく聞かれた。しかし、これだけ生きてくると、いろんな人と付き合う。異常、正常と区別して納得できる人は幸いだ。私はもし区別することができたとしても、異常として切り捨てるのではなく、「neurodiversity」として受け入れる方を選ぶ。その意味で、論文自体をもう一度読んで多様性を理解することは重要だと思い、今週から論文を読み始めようと手に取った。

小保方さんが出版した手記

ところがだ。小保方さんが長い沈黙を破って手記を出版すると言う。そこでこの原稿を書くのを少し遅らせて、彼女の言い分を聞いてから書こうと決めた。彼女が今回、選んだ手記という形式は、レビューを受けないという意味で科学的ではない。従って、全てをそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。もし私がレフリー(論文査読者)としてこの本をレビューしなければならないとすると、アクセプト(accept:掲載採用)とリジェクトが半々と返事を書いただろう。例えば、私だけでなく、相澤 慎一さん(理化学研究所 特別顧問)、竹市 雅俊さん(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター長)、笹井さんについては、驚くほど正確に描写されている。おそらく強い印象を鮮明なまま記憶できるのだろう。少なくとも私に関わる部分は全て真実だった。一方、小保方さん自身については心神喪失という言葉を繰り返し、巧みに何も書いていない。さらに、委員会でのレフリーを、攻撃する集団としか捉えていない。全てについて語る必要はないが、例えば桂委員会報告書に記載されている、小保方さん自身が反省の言葉を述べたというDNAメチル化(DNAがメチル化されると転写できなくなる。)パターンデータ作成過程など、具体的な話を生の声で聞きたかった点は多い。

本を読むことで、幾つかの疑問に答えを出すことができたとは思うが、結局、手記を読んだからと言って、論文の評価は変わらなかった。まず粛々と最初の論文を分析してみよう。

アニマルカルス細胞論文

論文は「Animal Callus Cells(動物のカルス細胞)」とタイトルが付いている。本文は、「All organism appear to have a common instinct to survive injury related to stressful stimuli by adapting themselves to the environment and regenerating their bodies(全ての生物は傷によるストレスの強い刺激に対して環境に適応して自分の体を再生させることで生存する共通の本能を持っている様だ)」という一文から始まる。畳み掛けて「最初の単細胞生物から人間まで数十億年の進化を通してこれは生命共通の本能だ」とまで述べている。なんとなく気持ちはわかるが、やはり自分の意見を一方的に押し付けている気がする。

一方、再生能力の記述になると、「外部刺激に対する驚くべき再生能が植物とイモリに見られる」と急に具体的になるが、なぜ「植物」+「イモリ」で、「プラナリア」や「ヒドラ」は出てこないのか。進化を語るなら、もっとうんちくを語るべきで、思慮浅い思いつきの断片なら書かないほうがましだ。

要するに思いついたことを上手くない英語で書きなぐっているという感じだ。他にも、コロニーの形をバロック(いびつな真珠)と表現したり、外界からの刺激でガンが発生すると述べたりするなど、幼いという印象が強い。

実験の内容になると、丁寧ではないが、大枠は理解出来る様に書けている。

1)まず化学的・物理的刺激によりCD45陽性血液細胞(CD:細胞表面に存在する分子(表面抗原)/CD45:白血球共通抗原)からOct-GFP(光る緑色細胞)発現が見られること、

2)B27-LIF培地(CD45+細胞を白血病阻害因子(LIF)とB27を添加した培地)で選択的に未分化細胞が短期間培養できること、

3)これをanimal callus細胞と名付けたこと、

4)一部は細胞株として増殖させられること、

5)多くの未分化マーカーが発現しOct4(octamer-binding transcription factor 4:未分化胚性幹細胞の自己複製に密接に関与していることから未分化細胞のマーカーとして活用されるホメオドメイン転写因子), Nanog(ES細胞の分化多能性に非常に重要な働きをする遺伝子)プロモーター(転写(DNAからRNAを合成する段階)を開始する起点部分のDNA配列)のメチル化が外れていること、

そして

6)接着したままのcallus cellsを胚盤胞に入れたときだけキメラができることなどが順番に書かれている。

他にもわざわざ強調する意味があるのか?と思える酸化還元状態に関わる遺伝子の発現など盛りだくさんだ。英語に問題はあるが、イントロダクションと比べると、読んでイラつくようなことはない。

論文に示されたデータだが、残念ながら補足の図や表は送られなかったので、今回は4枚の図だけから判断している。今回、見直すことでよくわかったのは、この論文がリジェクトされ、紆余曲折を経て「Nature」にアクセプトされるまで、ほぼ一年近く経ているのに、基本となる図は全く変わっていない点だ。桂委員会レポートで小保方さんが「誇れるデータではなく責任を感じている」と不正を認めたDNAメチル化を調べた実験もそのままだし、この研究にとって最も重要なキメラマウス作成実験についての図は、コロニーを切るところから、キメラマウスのデータ、4倍体胚盤胞への注入実験まで、全く同じものが使われている。結局不正データ使用の経緯を知るためには、この論文の作成に関わった当事者から話を聞くのが重要だろう。例えば、4倍体胚盤胞を用いたキメラマウス作成は多能性の完全証明で、この論文のハイライトだ。この当時の実験記録は残っているのだろうか。

ディスカッション(考察)は拍子抜けだ。ここではcallus細胞への思い込みが強く述べられているだけだ。実際の植物callusとアニマルcallusを比べるデータは皆無なのに、callusと同じ様にリプログラムが進んでいると決めつけている。結局これ以外に、ディスカッションではまともなことは何も議論されていない。メカニズムについての議論もないし、国中が期待した再生医学への応用にも言及されてはいない。

最後に文献引用をみて、その異様に驚いてしまう。まず、多能性獲得のリプログラム文献を引用する際、高橋・山中の論文どころかGurdonの論文が外されている。ここには強い意図を感じてしまう。一方、他の文献引用も、知っている論文を適当に引用した感じだ。あまり他人の意見を聞かないというのが、この文献引用から想像される。

以上が論文の分析だが、印象をまとめると、英語は下手、思いつきを吟味しないで書く傾向が強く、思い込みが強い論文だ。引用からは、ノーベル賞への敵愾心が現れているという分析になる。普通の書き方とはだいぶ違う。この点を当事者に確かめれば、今回の事件の動機を理解することができるかもしれない。

誰がこの論文を執筆したか

ただ、この様な幼い論文の書き方は、若い学生さんにもある。実を言うと、私も臨床にいた頃、ロゼット形成T細胞数測定を同じ羊の血液を使って行ったことを、「blood from a fixed sheep」と書いて、残酷なことをするなとレビューアーから笑われた経験がある。

改めて最初の論文を読み直しても、学生の書いた幼いが初々しい論文という印象は始めと変わらない。この様な書き方をするのは、普通あまり物を知らない若者だ。当時、経験豊富な若山さんやバカンティーさんは論文を書かなかっただけでなく、あまりチェックもしていない様に思った。普通はありえないことだが、論文作成については小保方さんの自由に任せたと思った。ただこれも推測で、ぜひ聞いてみたいところだ。小保方さんの手記を読むと、これ以前の米国アカデミー紀要に投稿した論文もあるようだ。この原稿と、今回分析した論文とを比べるのも重要だと思う。

もちろん話は面白いから、笹井さんや丹羽 仁史さん(理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 多能性幹細胞研究チーム チームリーダー)の指導を受けて論文を書いていく中で成長すればいいと期待した。事実、論文を最初に見た笹井さんは、「火星人の論文ですね。しかし、筋はいいので立派に成長できる」と話していた。もちろん笹井さんの手が入った論文の引用には、高橋・山中論文やGurdonが加えられ、プロの論文に生まれ変わった。

今、小保方さんの手記(一方的だが)を読んだ後で、結局一番知りたいと思うのは、この論文を誰が中心になって執筆したかだ。論文では、責任著者はバカンティーさんで、全員が論文作成に関わったと書かれている。しかし、これは違うだろう(というのも想像で、バカンティーさんの英語でないという証拠がないため確信はもてないが…)。おそらく、小保方さんか若山さんか、あるいは合作かだ。誰が論文の執筆を主導したのか、この事件を理解するための一つの鍵になると私は思う。

科学の手続き

若山さんも小保方さんも、冷静に対話を通してこの疑問に答えてくれる可能性はあるのだろうか。彼女の手記に書かれているように、今回の事件では多くの研究者がSNSで意見を拡散させ、メディアに理由もなく寄り添った。しかし、もし小保方さんがこれに対し手記でしか答えないとしたら、自ら科学者への道を閉ざしたことになる。

今回の手記で小保方さんは科学の道が閉ざされたことを嘆いている。しかし、それは実験室が必要な科学の話だ。科学者が日夜求めているのは、科学的真実という絶対的な何かではない。科学的真実とは、科学者が実験や数学などの手続きを通して合意に達した一つの到達点でしかない。この合意への手続きが大事だと思うからこそ、他人の論文を審査し、雑誌の編集にも協力する。この手続きを尊重し、他人との合意を得るのが科学だとすると、自然科学だけが科学ではない。反論を受け入れ、議論し、最終的に合意に達する手続きがあると考え、それを尊重できるなら、あらゆる分野、倫理学でさえも科学へと変わる。誰一人科学から閉ざされることはない。

次回は、国家の期待に火をつけた捏造について見ていこう。