捏造の構造8:思い込みと不正1(ジュラシックパーク)

(写真:アフロ)

ここまで読まれた読者は、金や名誉をめぐる競争だけが論文不正の温床であるかのように思われたかもしれないが、実はもう一つ重要な動機がある。思い込みだ。例えば、理化学研究所のメンバーになる前に投稿された、若山照彦(山梨大学生命環境学部生命工学科)さんとの共著で笹井芳樹(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター)さんたちの加筆などの手がまだ入っていない小保方 晴子氏の論文を見ると(この論文の分析は、後に行う)、論文としての成熟度には問題があるが、若々しい感じで、逆に権力欲が表に出ているといった印象を受けなかった。しかし、イントロダクションの最初から物理的刺激による細胞のリプログラミングへの思い込みがはっきりと伺える論文だった。

不正による撤回された論文や、悪意はないにしてもなぜこんな結果が出たのか訝しく思える論文には、著者たちが実験前から抱いている「真実はこうだ」という強い思い込みが背景にある。ただ、この思い込みは、ほとんどの研究者が納得する思い込みから、誰にも信じてもらえそうにもない思い込みまで、千差万別だ。

誰もが、いつかはできるだろうと考えてはいても実験的に示すのが難しい課題を、世界で初めて解決したと主張する目的で行われる捏造は、実験自体は結局、再現されてしまうため、内部告発でもない限り対処の方法がない。このタイプの捏造は、権力のある大研究室で起こることが多いが、その典型が元韓国ソウル大学校獣医科大学教授の黄禹錫(ファン・ウソク)さんによるヒトクローン作成に関する捏造だ。もし内部告発がなかったら、必ず追試がどこかで行われ、黄さんに最初のヒトクローン作成者としてのクレジットが与えられていただろう。事実、2013年から立て続けにヒトクローン作成成功がアメリカから「Cell(153:1228, 2013)」と「Nature」(510:533, 2014)に掲載された。驚くことに、両論文とも筆頭著者は日本人で、黄さんがいつも誇りにしていた鉄箸で鍛えた韓国人の器用さは、木の箸を使う日本人にも脈々と受け継がれていることを証明した。

一方、多くの研究者がありえないと疑う論文の典型が京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥さんのiPS細胞だろう。私はキーストン会議(Keystone symposium:アメリカ・コロラド州のKeystone、もしくは、主に北米のリゾート地でおこなわれ、生命科学の様々なテーマについての討議する伝統的な学会)で彼が初めてこの話をした時、その座長を私がしていたが、すぐ本物だと信じて一緒に祝杯をあげようと誘った。これは、様々な国際会議で何年にもわたって彼の研究を聞き、個人的にも交流があったからだ。しかし、日本に帰ってiPS細胞の話をした多くの研究者の反応は、「リプログラムが起こっているとは信じられない」いうものだった。結局iPS細胞は世界中で追試が進み、21世紀初頭の最高の成功物語として語り続けられることとなることを確信している。しかし、「え!本当?」と驚かせた多くの論文は追試もなく消えてしまう。今回から、研究者の持つ思い込みから生まれた幾つかの論文の顛末を紹介していこう。

最初は、フィクションから生まれた着想に科学者が迷わされ、間違った思い込みで研究が行われ大恥をかいた論文から始めよう。この着想とは、John Michael Crichton(マイケル・クライトン:アメリカ合衆国シカゴ生まれの小説家、SF作家、映画監督、脚本家)のジュラシック・パーク(Jurassic Park:1990年に出版)に書かれているアイデアだ。琥珀に閉じ込められたジュラ紀の昆虫(蚊?)が吸った恐竜の血液中のゲノムを単離し恐竜を蘇らせることがストーリーの中心的技術となっている。私も映画は見たとき「Good idea !」と思った。というのも、琥珀の中の昆虫は、完全な姿形が何千万年も保存されている。DNA(deoxyribonucleic acid(デオキシリボ核酸))が残っていると考えても無理はなさそうだ。しかも琥珀で周りの細菌から完全に隔離されているように見える。さらに都合のいいことに、PCR(polymerase chain reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)によるDNA増幅が急速に普及し、一分子のDNAでも増幅できるという期待が膨らんでいた。もちろん昆虫以外の血液を吸われた恐竜までゲノムが単離できるとは思えないが、当時の昆虫のDNAの断片なら何とか増幅できるのではないかと考える研究者が出てきても不思議はない。

MEDLINE(MEDical Literature Analysis and Retrieval System Online(メッドライン):医学を中心とする生命科学の文献情報を収集したオンラインデータベース)で琥珀、化石、DNAと入力すると41の論文が検索できるが、最も古い論文はニュー・ヨークにあるアメリカ自然史博物館(American Museum of Natural History:アメリカ合衆国)のDavid Grimaldiらが「Science」に発表した1992年の論文だ(DeSalle et al,257:1933, 1992)。この論文に続き、1993年にカリフォルニア・ポリテクニック州立大(California Polytechnic State University:アメリカ合衆国)のGeorge Poinar,Jr.のグループの論文が「Nature」に発表された(Canno et al, 363:536, 1993)。クライトンのジュラシック・パークが出版されたのは1990年なので、おそらくヒントをこの小説から得たのではないだろうか。事実Grimaldiの論文はジュラシック・パークの小説の写真とともに同じ号の「Science」で紹介されている。この紹介文(Science 257:1890, 1992)を読むと、総てのアイデアがクライトンから出ていたわけではなさそうだ。1993年の「Nature」誌の論文の著者のPoinarが属するカリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley:アメリカ合衆国)の小さなグループで可能性が議論されていたのをクライトンが聞き知って小説のアイデアとして育てたようだ。いずれにせよ、「Science」や「Nature」はジュラシック・パークと結びつけてこれらの論文を紹介した。さらに1992年から2000年までに20を越す琥珀内の生物からのDNAの単離についての論文が続いた。明らかに、ジュラシック・パークから生まれた思い込みが科学界に広がっていた。

2論文を簡単に紹介すると、「Science」論文は2.5~3千万年前の琥珀に閉じ込められたシロアリからリボゾームRNA(ribonucleic acid(リボ核酸))の断片、「Nature」論文では更に古く、1.2~1.35億年前の琥珀に閉じ込められたゾウムシのリボゾームRNAの断片を単離し、その配列から昆虫の進化上の位置を議論した論文だ。もちろん当時もPCRによる間違ったDNAの増幅の可能性は認識されており、論文でも汚染されたDNAを増幅してしまった結果でないことが強調されている。特に、読まれた配列が昆虫の形態から推定されている配列に近いことから、間違いなく当時の昆虫のDNAを見ているのだろうと判断され論文はトップジャーナルに鳴り物入りで掲載された。今、考えてみても、細菌を含むあらゆる生物が持つリボゾームRNA配列の中から、都合よく形態にマッチしたDNA配列が汚染されたDNAから現れてくることなど到底偶然で起こるとは思えない。

しかし、その後も論文を発表した一部の研究室を除いて、琥珀から古代生物のDNA解読が続々解読される状況は生まれなかった。おそらく様々なドラマがあったと想像するが、結論的に言ってしまうと論文の結果は、全くの間違いだった。論文は撤回されずそのまま残っているから、少なくともこの2編の論文は何かの幻を間違って見ていたことになる。結論のないままでは、問題だと思ったのか2005年にEske Willerslev(University of Copenhagen, Denmark)らはこの間違いの原因を考察した論文を「Trends in Microbiology」に発表し、琥珀から古代生物のDNAを増幅した研究の全ては間違っていたと引導を渡す。さらに2013年「PLOS ONE」(2006年からPublic Library of Science社より刊行されているオープンアクセスの査読つきの科学雑誌)に琥珀に閉じ込められるとDNAは50年も経たないうちに分解されるという研究結果が発表され、ジュラシック・パークに端を発した太古の生物復活夢は儚く消え去る。

この騒ぎで撤回された論文はなく、不正を疑う人がいたかもしれないが、捏造や不正であるとは認定されていない。しかし、当事者たちが科学界から受けたペナルティーは厳しいものだったようだ。Grimaldiさんの業績をメッドラインで調べると、1994年以降2006年まで12年にわたって論文を発表していない。同じようにPoinarさんも1994年から2000年まで論文発表が止まっている。おそらく研究費が止まったり、論文がレフリーから受け入れられなくなったり、様々な形でペナルティーを受けたのだろう。有名雑誌に掲載してしまうと、間違いとわかった時に受けるしっぺ返しは大きい。逆にこの例は、科学界自体の自己浄化システムが機能していることを示すいい例だと私は思っている。

思い込みがフィクションから由来する点で、今日紹介した論文は特殊だ。しかし、多くの科学研究はなんらかの着想から始まり、実験的に示されるまでその着想はフィクションだ。このフィクションに対する思い込みが不正や間違いの重要な原因であることがわかっているからこそ、科学では捏造かどうかを問わず、論文の再現性がないと、科学者の信頼性が失われるという最大のペナルティーが課される。

次回は、個人的思い込みの例を見てみよう。