論文紹介:新しい肺炎球菌ワクチン導入の是非(JAMA Internal Medicine掲載論文)

昨年(平成26年)7月に予防接種法政省令の改正により、厚生労働省が高齢者の肺炎球菌ワクチンが同年10月1日から定期接種に導入され、高齢者への提供が開始されてから、我が国のメディアは盛んに接種を呼びかけている。私も適齢期なのでワクチン接種を受けようかと思っているが、我が国では、小児用肺炎球菌ワクチンとして定期接種に導入されているが、まだ高齢者への定期接種が認可されていない新しい13価肺炎球菌ワクチン(PCV-13)「プレベナー13」についての米国疾病管理予防センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)の予防接種諮問委員会(ACIP:The Advisory Committee on Immunization Practices)の勧告に対する2つの意見が10月26日号のThe Journal of the American Medical Association (JAMA、「米国医師会雑誌」) Internal Medicineに掲載されていたので紹介する。

最初の意見論文は、当のACIPからで、「Pnemococcal prevention gets older and wiser(肺炎球菌予防法は、高齢者に合理的な方法で使える)」がタイトルだ。ここでは新しい勧告に至る経緯が述べられている。これまで最も多く使われている肺炎球菌ワクチンは、肺炎球菌の代表的系統をカバーする菌表面に存在する23種類のポリサッカライドを混合した23価肺炎球菌ポリサッカライドワクチン(PPSV-23)「ニューモバックス23」で1984年にメルク社(本社:ドイツ)により開発された。我が国ではようやく始まった接種の公費負担が既にアメリカでは1990年に始まり、65歳以上の実に6-7割の人がすでに接種を受けた。しかし、免疫学的には、予防効果は中程度しかなく、接種後時間とともに効果は薄れ、年齢が進むほど予防効果が低下することが指摘されていた。この様な問題があるとはいえ科学的に一定の効果は確認されており、遅まきながらではあっても我が国厚生労働省の方針や決定が間違っているわけではない。

問題は、13種類のポリサッカライドにキャリアタンパクを結合させ免疫原性を高めたワクチンPCV-13がファイザー社(本社:米国)により開発され、米国を始め多くの国々で認可され、小児用については我が国でも2年前から定期接種として認められたところだ。このような状況を受けてACIPはまずHIV患者など免疫力の弱い成人へのPCV-13接種を勧告するが、高齢者を含む成人への接種については決定を先延ばしした。その後、オランダで行われた85,000人の65歳以上の高齢者を対象にしたファイザーの無作為化臨床試験(治験)で、PCV-13が75%の肺炎に効果があり、肺炎球菌以外を原因とする肺炎の45%に予防効果があるという結果を受け、昨年、ACIPは、最終的に高齢者への適応の勧告を出した。

この勧告は、これまで肺炎球菌ワクチンを受けたことのない人はまずPCV-13を接種、その後1年以上間をあけてPPSV-23を接種、またすでにPPSV23接種を受けたことのある人はPCV-13一回を打つのが望ましいという内容だ。ACIPからの意見論文では、高齢者への接種については慎重に議論を進めたことを強調している。また再接種時の副作用を考慮し、最終的に投票でPCV-13投与後1年以上間をあけてPPSV-23を再接種するプロトコルを決定したことを紹介している。もちろんこのガイドラインに反対意見のあることも認識した上で、昨年の肺炎流行時にインフルエンザワクチンより効果があった可能性を強調し、2018年のガイドライン見直しまで、勧告通り接種を進めたいという意見を述べている。

これに対しカリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles:UCLA)の研究グループは「Reconsidering guidelines on the use of pneumococcal vaccines in adults 65 years or older (65歳以上の人への肺炎球菌ワクチン接種のガイドラインを再考する)」というタイトルで、ACIPのガイドラインに疑問を呈している。特にPCV-13の効果についてのオランダでの治験が、これまでワクチン接種の行われていなかった国(これは我が国も同じ)での治験であり、すでに6割以上がPPSV-23接種を受けているアメリカでは同じレベルの効果は期待できないと疑問を投げかけている。またこの治験も4年というスパンで見ると予防効果はやはり中程度でしかないことを強調している。その上で、これまでの長い経験で米国では安価なPPSV-23が十分効果を発揮し、全体の発症数を抑えるのに成功しており、敢えて高価なPCV-13に変える必要はないという意見を述べている。PCV-13は150ドル、PPSV-23は50ドルで、その差は大きい。ただ、UCLAの研究グループもワクチン接種自体には賛成で、接種を受けた人数を増やして、社会全体で肺炎球菌感染を減らすべきだとしている。

さて我が国で現在、厚生労働省などが65歳以上の高齢者に接種を薦めているのは、PPSV-23だ。一方、小児についてはすでにPCV-13が定期接種ワクチンとして認められている。それなのに何も知らない一般の人に、突然一方的にメディアからPPSV-23ワクチン接種を呼びかけていいのだろうか。現在、得られるワクチンの情報、すなわちこれまでの研究結果、ワクチンに対する様々な意見をなんらかの形で紹介することが重要だと思う。米国と異なり我が国では、高齢者へのワクチン接種は始まったばかりだ。実際には、子供から大人まで計画的にワクチン接種を進めることが前提であるにもかかわらず、65歳以上だけに必要であるかのような錯覚をあたえるメディアでの宣伝の仕方には疑問を感じる。特にこれまで進めてきた他の年齢層への取り組みについての正確な情報を提供すべきだと思う。多くのワクチンは個人レベルの予防を超えて、社会全体の感染性疾患予防を可能にする。従って、ワクチンの必要のない社会を目指して接種を進める戦略性が必要だ。UCLAの研究グループも、肺炎球菌は、若年層が最も主要なキャリアーになっており、65歳以上の高齢者だけの問題でないことを強調している。

現在はPPSV-23とPCV-13が共存する一種の過渡期にある。65歳以上でも、ACIPの勧告ではPCV-13を2回接種する代わりに、PCV-13接種の後12ヶ月以上開けてPPSV-23を接種することを勧めている。これは副作用を考慮してのことで、我が国政府もこのACIPプロトコルをどう評価しているのか一般にも分かりやすく示すべきではないだろうか。メディアも厚生労働省もこの過渡的状況について何も教えてくれていない。(なおこの記事をアップロードした後指摘を受けたが、日本呼吸器学会/日本感染症学会はACIPに近い勧告を公表している)

ワクチンは感染症に対する最も重要な医療(予防)手段だ。一貫した予防行政を進めるためにも、我が国もその柱となるワクチン接種について、議論の中身が国民にもはっきりと見える組織での検討が必要だとおもう。米国CDCのACIPも参考となるモデルの一つではあるが、我が国の文化や歴史的特性に基づき、個人や、一部の集団、組織等の考えに偏らず、ニュートラルな状態で真に国民にとって有用な検討ができる組織とすることが最低限必要な要件であると思う。

最後に、私事だが、PCV-13のあとPPSV-23というプロトコルを引き受けてくれる医師を探そうと思っている。