捏造の構造分析:7 撤回論文から見る捏造の構造

研究者の「少しでもいいデータが欲しい」という強い思い、ネガティブデータを使わない論文作成、実験の再現の困難などの構造的問題が、例えば「金銭」と絡むと、捏造とは言えなくとも様々な論文の不正紛いの行為が行われることを、創薬を中心に見てきた。創薬研究を取り上げたのは、薬剤を売るという動機が理解しやすいことから、この分野の不正の分析が進んでいるからである。もちろん「金銭」だけが不正の動機になっているわけではない。薬剤の効果を調べた研究論文でも、研究者が不正に走る背景には、名誉、権力や研究費取得というおきまりの動機が存在している。

基礎研究も含め医学・生命科学分野に広がる論文不正の背景を理解するためのヒントが満載された論文がワシントン大学医学部から2013年に米国科学アカデミー紀要に発表されているので、今日はこの論文を紹介しながら、捏造の背景にある構造を分析しよう。タイトルは「Misconduct accounts for the majority of retracted scientific publication(撤回論文の大半は論文不正が原因になっている)」だ。タイトルにあるように、この研究の目的は論文不正の原因を分析することである。論文撤回に至る理由が意図しない間違いによるのではなく、2/3が意図的な研究不正に起因するとこの論文では結論している。

余談になるが、実際小保方氏の研究不正に係る論文に使われたデータや写真に不正の疑いが発覚した後、悪意のない間違いなのか、意図した改ざんかが問題になった。理化学研究所研究論文の疑義に関する調査委員会(委員長:石井 俊輔 氏)の検証と、その後の反応を見る限りデータ改ざんは明確で、悪意があろうとなかろうとこれで論文としての科学的価値は消滅したと私には思える。本来なら、この改ざんを理由に、著者、雑誌の担当編集者、場合によっては査読者の間で論文撤回の議論をした上で撤回するだけのことで、第3者の入る余地はないはずである。この論文に限らず、論文撤回のペナルティーは大きいため、多くのの著者は撤回に抵抗することがほとんどである。小保方氏の研究不正の一連の騒動では、「STAP細胞があるかないか」という不正とは無関係の話に関係者が巻き込まれた結果として、御存じのような醜態をさらすこととなってしまった。

ワシントン大学の調査論文は、撤回までの時間が調べられており、悪意のない間違いが理由で論文の撤回に至った時間(27ヶ月)と比べると、捏造の発覚が理由で撤回する場合は、ほぼ倍の時間(46ヶ月)がかかっている。この期間の差は、捏造と認められた時のペナルティーの大きさによる著者の抵抗も一因だが、現象さえ再現できればそれでよしとする研究者の間違った期待も反映されているのではないだろうか。科学的再現性と、捏造は全く別のことだと肝に銘ずるべきだ。

この論文を読むと、ほとんどの論文不正の背景には、研究助成を行う国を巻き込んだ名誉、権力や研究費確保をめぐる競争を助長する構造が存在することがよくわかる。

生命科学分野での最初の論文撤回は1977年だが、それ以来2,047編を数え、不正が理由の撤回は2000年以降急激に増加している。意図があったかどうかかを問わずに数えてみると、論文撤回の数は有名雑誌ほど増加している。実際論文撤回数の多い雑誌を見ると、1位「Science」、2位「米国科学アカデミー紀要」、3位「J Biological Chemistry」、4位「Nature」と続いている。これは、有名ジャーナルの名誉、権力や研究費確保への影響力が近年急速に上がってきたのと関係があるだろう。実際その神通力は絶大で、私も熊本大学時代、当時助手だった林 眞一さんたちの頑張りでマウス大理石病遺伝子を特定した論文が「Nature」に掲載されたことで、研究費の獲得がずいぶん楽になった。若い研究者にとってこの影響力はさらに大きいだけに、掲載の可能性があるならと捏ぞうなどの研究不正を犯しても有名ジャーナルに掲載されたいなどと思ってしまうのかもしれない。一方、研究者の評価に、発表論文が掲載された雑誌のランクが大きく影響していることも現実だ。事実、毎日、無作為に論文を読んでいても、確かに雑誌のランクと面白い論文の数は比例していると思う。もちろん研究者の能力を論文のインパクトファクターだけで評価できるはずがないことは審査に当たる研究者も十分理解している。それでも多数の研究を審査する時、内容を熟知して判断するのは難しく、どうしても論文リストに頼ることになる。研究者の評価にあたってどのような方法と取れば、万人が認める純粋なピアレビューとなるのかを真剣に考える必要がある。

論文撤回後、何年も引用され続けた論文があることにも驚く。あれだけ騒がれた小保方論文を新しい論文に引用する日本人はいないだろうが、撤回自体は雑誌上で撤回を告知するだけで、例えば積極的に周知を図ることなどといった特段の対応はしていない。そのため原典を調べず孫引きをする間の抜けた研究者がいると撤回論文の引用が続くことがある。また、撤回について著者間の意見が分かれることで撤回が遅れることでも引用が続くことがある。この論文で示された例のうち有名なWakefield事件では、撤回について筆頭著者とその他の著者の意見が分かれ、完全な撤回まで長い年月を要し、ワクチン接種自体に反対する陣営からの引用が続いた(これについてはいつか詳しく紹介する)。撤回後も長期間引用が続いたもう一つの特殊例として示された論文が、大阪大学医学部の福原らが「Science」に発表し2007年に撤回された論文は、発表から2012年までに引用数が686に達するもので、学術的な影響力の大きい論文であった。驚くべきことに、この引用数の2/3は2007年論文撤回後に行われており、2007年から2012年までコンスタントな引用回数は、毎年100近くにのぼっている。この論文は大学の調査委員会からの勧告に従って著者らが(しぶしぶ?)撤回に同意したもので、撤回理由を詳しく読むと著者らが撤回に納得していないことがわかる。納得しなかったことが、撤回後も例外的に数多くの引用が続いた理由かどうか分析が必要だが、撤回論文も実際の研究社会を徘徊し続けるようだ。この論文については、撤回後にもかかわらず論文を引用した論文の内容を詳しく調べるだけでも、この分野の構造を分析できるように思える。時間をかけてゆっくり調べてみたい。

最後に、最も私の興味をひいた結果が、論文撤回の国別分布だ。捏造が発覚して撤回に至った論文数は、アメリカ、ドイツ、日本、中国の順番で、グラフから目測すると40%がアメリカ、20%がドイツ、10%が日本、5%が中国になる。英国、インド、韓国とこれらの4カ国に続くが、おそらく韓国やインドより多くの研究予算を拠出している英国が5位で、フランスやイタリアなどは「その他」に埋もれてグラフに現れない。この順位を見て私は直感的に、各国の研究者の研究助成システムや雇用形態がこの結果に反映されているのではないかと思った。すなわち、獲得研究予算額で個人のキャリアが決まる完全競争社会型のアメリカの制度に近い国ほど不正が増え、それに伴い撤回が増えるのではという直感だ。我が国でも2000年以降、いわゆる生命科学分野における大型予算化が普通になった。もちろんこのおかげで理化学研究所の発生再生科学総合研究センター(CDB)を設立し、再生医学や幹細胞研究を推進することができた。また大学でも、グローバルCOEプログラムや世界拠点を筆頭に、様々なプログラムへの対応を通して、学内、学外の競争が激化した。またこれと並行して任期付研究員の数が大幅に増加した。さらにこの大型予算は、それまで研究者の新陳代謝を促してきた研究者の引退時期にも影響を及ぼし、超スーパースターでなくとも定年後も研究が可能になるという状況を生んでいる。その結果は当然若手研究者に大きな影響を及ぼす。幸い、我が国と米国の間に、ドイツが割り込んでいる。ドイツは1990年統一以降、東西研究システムの統合と拡大が至上命令だった。私自身、理研CDB設立に関わる時期に3ヶ月ベルリンに滞在し、旧東ベルリン地区の研究機関が急速に近代化していくのを目の当たりにした。また、厳しい定年制のドイツも、定年後の研究が可能になっている。私より年齢が一回り上の私の先生も、定年後アメリカに渡って研究を続けた後、新しいシステムを導入したベルリンにもどり、研究を続けている。今日紹介したように、ドイツが論文撤回で2位に入ったという統計は、おそらくこのドイツ政府の努力の一面の反作用として反映しているはずだ。

これまで議論してきたように、もともと普遍的に存在している生命科学自体の構造問題が、実際の捏造へと相転換するためには、研究者間の連帯の分断による競争激化があると思う。その意味で、2000年から10年の、アメリカ、ドイツ、日本、英国、フランスの研究助成システムや、各国の科学技術行政を比べることは、捏造の背景を知るために最も重要な課題に思える。時間はかかるが、小保方問題を総括する意味でも、ぜひ調べていきたいと思っている。

(これまで書いてきた文章は、私の知り合いに丁寧に添削していただいている。今後も続けていただけるようだ。添削には私がアップロードしてから2-3日かかる。添削を受け取った後、掲載された文はすべて訂正している。名前を出してほしくないということで、匿名のままだがここに謝意を表明する)。