前回、ClincalTrial.Gov.に登録した臨床治験データが論文になる過程で、様々な改ざんが気軽に行われている事を告発した米国医師会雑誌の論文を紹介した。今回は、都合の悪いデータを隠すという行為について調べた最近の論文をもう一編紹介したい。本年4月、JAMA Internal Medicineに掲載された論文で、FDA認可過程から論文作成の間に行われるデータの隠匿について告発した論文だ(JAMA Internal Medicine 175,567, 2015)。タイトルは「Research misconduct identifyied by the US Food and Drug Administration. Out of sight, out of mind, out of peer-reviewed literature (FDAによって特定された研究不正:見えないものは忘れ去られ、査読を受けた論文からも消え去る)」と詩的な中に皮肉がこもっている。

FDAによる審査結果

世界の創薬企業にとって一番重要なのは米国FDAの認可を得ることだ。FDAは登録ではなく実際の審査を行う機関だ。前回、この公的な審査に当たって不正を働く不届きな研究者や会社はないだろうと書いたが、多施設が参加する治験の場合、管理が行き届かず治験のプロトコルを無視する施設が出てくる可能性がある。FDAは厳正な審査を進めるため、書類審査だけではなく、各治験施設のサイトビジットを頻回に行い、実際に臨床治験を進める際の基準が遵守されているか、患者さんの権利は守られているかなどを調べる。このサイトビジットの結果は3段階に分けられ通知される。2段階目までは小さな問題はあるにせよ制裁が必要とはみなされない。しかし3段階Official Action Indicated(OAI)と判断されると、原則その施設から得たデータは治験データからは除外される。もちろん指摘を受ける事自体、治験を進める責任者の管理能力が問われているということで、不名誉極まりない話だ。

FDAの指摘は論文では無視される

この論文では、OAIの判定を受けた治験結果を論文が、OAIという不名誉な判定を受けたことを正直に記載しているかどうか調べている。FDAの審査の結果AOI判定を受けるケースは意外に多く2%に達するようだ。この研究ではOAIと判断をうけた治験のうち査読のある雑誌に結果を発表した治験を集め、その中でもFDAが指摘した問題点を詳細にたどることのできる治験57編を選び検討している。このうち22治験ではFDAがはっきりと研究者がデータ改ざんを行った事を指摘しており、確かに決められた事を守らない不届きな輩は治験に参加する研究者の中にかなりいそうだ。不正の内容だが、副作用に関する記述の改ざん、治験からドロップアウトした例についての記載の不備、不適切な記録保存、そして患者さんの尊厳や権利の侵害など、指摘は多岐にわたっている。これらの治験結果をもとに、78論文が書かれているが、OAIの指摘を受け、一部のデータを除外したことを何らかの形で述べた論文はたった3編しかなかったという結果だ。この「正直」な3編でも、FDAから指摘されたことをしっかり開示したわけではなく、軽く触れる程度で済ましている。また本当はかなり重大な違反が行われていたにもかかわらず、小さな問題を自発的に処理したかのような書き方だ。それでも、一部の施設で違反があったことを書いただけましで、残りの96%は全く知らん顔で論文を書いている。

FDAの指摘を無視した論文の例

そのうち誰が見てもひどいと思える例を取り上げ、違反内容について述べられているので2-3紹介しよう。

ケース1(対応論文Journal of Cardiovascular Surgery; 144, 377, 2012):下肢血管障害の幹細胞治療。論文では「すべての患者さんが症状改善を自覚した」と書いているが、FDAの指摘には術後2週間で下肢切断術を行わざるを得なかったケースが記載されている。こうなると隠蔽より、すでに捏造の域に入っている。

ケース2(対応論文Journal of Clinical Oncology, 23, 5660, 2005):我が国でも用いられているドセタクセルの併用効果に関する癌の化学療法治験で、一人の研究者が記録を改ざんし、本来除外すべき患者さんをリクルートしたことが発覚した。この中の腎機能データが改ざんされ治験に参加した患者さんは治験中に死亡に至っている。この研究者はこの罪を問われ、5年の実刑判決を受けている。しかし論文ではこの事件で患者さんが死亡したことについての記載は全くない。

ケース3(対応論文The Lancet, 373, 1673, 2009):我が国でも使われている抗凝固剤rivaroxabanを整形外科手術に適用拡大する治験で、ディオバンで行われたような記録の意図的廃棄、二重盲検ガイドライン違反、無作為化回避などが行われ、FDAもすべてのデータが信用できないと判断している。それにもかかわらず、そのことに全く触れない論文がThe Lancetに投稿され、掲載されている。

告発されたのは特殊な研究者だけか?

この告発について知ってしまうと、論文など全く信用できないという気持ちが湧いてくる。しかし冷静に考えてみると、この問題は決して他人事ではなく、私も関わる科学の抱える構造問題であることに気づく。例えばFDAから指摘を受けたとしても、そのデータさえ使わなければ(実際にはそれを平気でそれも使っているケースがあるようだが)、科学的には問題ないと考える人は多いし、おそらくそうだろう。また普通に論文を書く中で、FDAの指摘を受けたことをどう論文に書き入れていいのかわからない。もしそれが必要なら、治験論文の全てにFDAの判定を短く書き入れることをジャーナルのポリシーとして著者に強制するしかない。この論文の著者は、OAI指摘を受けたこと自体が治験全体の正統性が疑われているのと等しく、そのことを隠したまま論文として発表するのはもってのほかという厳しい立場だ。

ネガティブデータの扱い

しかしこの論文が告発している行為は極端ではあっても、データを選択して、都合のいい(あるいはそこまで言わなくともポジティブデータ)だけを集めて論文にするという、生命科学研究では普通に行われている行為と共通する点が多い。ネガティブデータをわざわざ記載した論文を書くのは実は難しい。ネガティブデータを除外して論文を書くことは、研究者のほとんどが経験しているはずで、もちろん私も例外ではない。99回失敗しても、次の一回にかけることを美徳として、若者にハッパをかけたことは私も経験がある。この論文が告発したのは、確かに倫理観が欠如した特殊な一部の科学者の話かもしれない。しかしその背景にネガティブデータは論文として発表しにくいという生命科学の構造問題がないだろうか。そして、この構造問題こそが「論文にはチャンピオンデータしか示されていないから」と再現性に対する信頼性が失われる背景になっていないだろうか。少なくとも、生命科学者にとってこの問題は他人事ではないのだ。

次回は、このネガティブデータ隠蔽という構造問題が、市民全体を巻き込むことになった、抗インフルエンザ剤についての論争について見てみよう。