小保方捏造問題でマスメディアの質問に答えたほとんどの科学者が問題にしたのは論文の「再現性」だった。後々詳しく議論するつもりだが、「再現性」、すなわち第3者とのデータの共有こそが、ガリレオ以来科学の正当性を保証する唯一の基盤になってきた。科学者が小保方捏造問題を語る時、「再現性(=科学の正当性)」の欠如を捏造問題を読み解く鍵として持ち出すのは何の不思議もない。しかし、私はあえて問いたい。このとき一般の人に向けて科学論文の「再現性」は自明のことだと語っていた研究者のいったい何人が科学論文の再現性を信じていたのだろうか?

多くの研究者が論文の再現性一般を疑っている。

例えば私の付き合ってきた国内外の研究者の中には、論文の再現性を最初から信じない人もいる。面白い論文が話題になると、「あの研究室のデータは信用できない」などと簡単に口にする。ただ間違ってはいけない。この言葉はその研究室で捏造が横行していることを告発しているわけではない。捏造はなくとも、その研究室のデータが100%信じられないことを指摘しているだけだ(一般の人にとっては驚きの話だろうが)。当然いちいち追試をした上で信用できないと言っているわけでもない。それぞれの研究者のこれまでの経験から得た肌感覚を元に、データに厳密性がなく信用できないと語っている。繰り返すが、「あのデータは嘘だ」と言っても、これは捏造の告発ではない。再現性と捏造は全く違う次元の話なのだ。

製薬会社により行われた論文の再現性についての検証。

再現性がない論文は数多いと考えている科学者も、いちいち追試で確かめているわけではないため、本当のところ論文掲載データの再現性がどの程度あるのか正確に知っているわけではない。ただ、再現性があるかどうかが創薬開発の死活問題になる製薬企業では、重要な論文については追試を行う再現性を確かめる部署があるようだ。2011年Nature Review Drug Discovery(vol 10, 712, 2011)そして2012年Nature(vol 483,531, 2012)に、製薬企業の研究所の内部資料に基づいた驚くべき論文が発表された。ともにガンに対する薬剤開発に携わる研究者からの報告で、インパクトの高い研究成果として評価された論文に示されたデータの再現性を調べた内部資料を公開したものだ。最初の論文はバイエルの研究所からの報告で、社内で重要と考えたガン領域や婦人科領域の論文を会社内で再実験した内部資料に基づいてまとめられた。追試を試みた研究者も驚いたことだろう。彼らの手で再現を試みたガン領域の研究論文の約25%しか再現性がなかった。その原因を探るべく論文の著者へのアンケート調査まで行ったが、はっきりした原因を特定できなかったと報告している。結局、生命科学が抱える様々な負の問題が論文の再現性の欠如に繋がっているのだろうと結論している。このレビューの中で著者らは、この結果が多くの研究者が抱いている論文の再現性の欠如についての懸念を裏付けていると結論している。  

この論文だけなら、バイエルの研究者の実験が間違っているはずだと言い張れば済んだかもしれないが、同様の結果が2012年アムジェン社の研究者からNatureに発表された。この報告では10年にわたって発表されたガン研究で高い評価を受けた論文53編について、アムジェン社の血液・ガン研究グループが再現実験を行った内部資料が公開されている。この53編の半分は一流紙の論文で、引用がすでに平均230を超える論文で、この分野への影響の高い論文が選ばれ、その再現性が問われたことがわかる。結果はバイエル社の結果よりさらに悪く、なんと6編(11%)だけが再現可能だという惨憺たる有様だ。結局、「再現性のない論文の方が多い」とする科学者の実感を裏付ける結果だ。論文の再現性の欠如は、科学者全体が共有すべき深刻な構造問題なのだ。この構造が、前回紹介した蔓延するデータ改ざんの心的な背景と合わさると、「どのみちほとんどの論文の再現性はないのだから」と、捏造を促す背景になる。両方の論文ではこの構造問題の背景に、1)トップジャーナルへ論文出さなければならないプレッシャー、2)ポジティブな結果だけを尊重するジャーナルやレビューシステム、3)統計学への理解不足、などがあると分析した上で、アムジェンからの論文は具体的な提言も行っている。

アメリカの学会は動き出した。

この科学の根幹を揺るがす構造問題を、アメリカのガン研究者やジャーナルは重く受け止め、これまで発表されたガンに関する重要論文の再現性を調べるReproducibility Project: cancer biology (ガン研究の再現性検証プロジェクト)が始まり、いずれ結果が公表されるだろう。一足先に始まったReproducibility Project: psychological science(心理学の再現性検証プロジェクト)の結果は最近Science(vol 349, 943, 2015)に発表された。結果は今日紹介した論文ほどひどくはなかったが、それでも再現性が認められた論文は半分を切った。おそらくガン研究プロジェクトでも同じような結果が発表されることになるのだろう。ただ軽々しく「再現性」という言葉を使うのではなく、「再現性の欠如」を自分自身にも関わる構造問題として、その原因を探ろうとするアメリカの生命科学は成熟している。

ひるがえって小保方問題を考えると、科学者も、マスメディアも小保方論文の実験に対して、「再現性がないから捏造だ」という論理を吟味せずに使ってしまった。しかし今日紹介したように再現性がなくとも捏造ではないし、また再現性があっても捏造はある。捏造は科学の再現性の問題とは全く関係のない、個人の行為の問題だ。小保方問題は、どんな理由であれデータの改ざんや使い回しが明らかになった時点(おそらく石井委員会報告時)で科学の問題ではなくなり、データ収集に関わった当事者が正直に語れば済む問題になっていた。そこに、「再現性」という科学界自体が抱える深刻な構造問題を持ち出してマスメディアとともに踊った科学者たちは、「STAP細胞はあります」というあまり深い意図なく発せられた叫びで、捏造という行為の問題を科学の問題へとすり替えに成功した小保方さんを始めとする行為の当事者(小保方さんだけが行為の当事者かどうか判断できないのでこの稿ではこのような表現を使うことにしている)にいっぱい喰わされたことになる。

捏造の構造分析は論文再現性の欠如についての構造分析から

このように捏造を構造的に分析することで、小保方問題を倫理欠如として片付けるのではなく、自分たちも関わる構造問題として再検討する必要性が理解できるはずだ。これができないと、我が国の科学界は子供の国で終わってしまう。マスメディアのゴールは小保方問題を再現性ではなく捏造の問題として捉え、当事者に正直に語らせることだっただろう。ただこんなゴールは科学者にとってはどうでもいいことだ。今なすべきは何を間違ったのかの追及や後悔ではない。小保方問題を端緒に私たちの科学界が関わる構造問題を順々に明らかにすることだ。その最初として、今の生命科学を蝕む最も重要な構造問題、論文の再現性についてまず取り上げた。

再現性の欠如に後押しされるのか、実際には科学の問題とは無縁の捏造も蔓延している。次回からはこの構造を分析していく。