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鬼滅の刃「これは夢だ!起きろ!」 炭治郎のように自覚することは可能?

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
テレビアニメ「鬼滅の刃 無限列車編」公式サイトトップページより

 大好評放送中のテレビアニメ「鬼滅の刃 無限列車編」。その前半戦の主な舞台となるのが、下弦の壱・魘夢が見せる「夢の世界」だ。人間を眠らせ、自在に夢を見せることができる魘夢に、炭治郎たちは大苦戦を強いられるわけだが、本記事では、夢のメカニズム、明晰夢について、先週放送の第2話および昨日放送された第3話の内容をもとに解説する。

Q1. すっかり眠り込んだ炭治郎たちに、術をかけた魘夢が「楽しそうだね。幸せな夢を見始めたな。深い眠りだ。もう目覚めることはできないよ」という場面があるが、夢は深い眠りのときに見るものなの?眠りが浅い「レム睡眠」のときに夢を見ると聞いたことがある気がするのだけど…

 夢を悪用する魘夢のセリフはもっともらしいが、深い眠り=夢を見るとは言い切れない。悪夢など視覚・感情の要素に富む内容の夢は、「レム睡眠」中に見る。レム睡眠は浅い睡眠とよく言われるが、浅い深いと単純に分けられるものではない。

 レム睡眠の間は、大脳の「辺縁系」という感情を司る部分が活性化するので浅い睡眠のように思えるが、聴覚は遮断されており外部からの音は聞こえないので、1回のレム睡眠は目が覚めずに15分以上続く。またノンレム睡眠には浅い睡眠も深い睡眠も含まれるが、ノンレムの軽睡眠でも、レム睡眠ほどありありとした内容ではないものの、夢を見ることがわかっている。

Q2. 善逸は禰豆子とのデートの夢、伊之助は子分を従えて洞窟を体験する夢など、それぞれ「自分の理想像」を夢で見ている。一方煉獄さんは、柱になったと報告した際の父の冷たい態度や、それを聞いて落ち込む弟の様子など、「自身の過去の経験」をそのまま夢で見ている。「こういう状態なら、こういう夢を見やすい」など一定の傾向はあるの?

 レム睡眠中は、大脳の「辺縁系」が活発になると先ほど説明したが、辺縁系には恐怖などネガティブな感情を司る「扁桃体」が含まれる。したがって、残念ながら人間の夢は、悪夢のほうがよく覚えていることが多くなる。

 ストレスが強い状態だと、今経験中の場面、あるいは過去の怖い場面など、悪夢が増えてしまう。したがって楽しい夢を見るには、現実的には無理かもしれないが、ストレス要因から離れることが近道だ。

 また、子どもの夢は、内容が単純で同じパターンが多いという。夢は覚醒している間の経験・体験が元ネタになるので、大人になるほど夢の内容は複雑になっていく。そして悪夢ばかりではなく、現実にはありえない、あるいは過去に経験したことなど、ネガティブな感情とは無縁の、不思議としかいいようのない場面もよく出てくる。

 これは、本来は大脳辺縁系の感情のはたらきをコントロールしている大脳皮質(前頭前皮質)のはたらきが睡眠中は弱まり、これまでの記憶や経験がランダムに、フリーに結びついて、過去の体験の場面が夢に登場するのだと考えられる。

Q3. 炭治郎は、水面に映る現実世界の自分から「これは夢だ!起きろ!」と訴えかけられたことで夢の世界にいることを自覚するが、実際のところ自分自身が「これは夢だ」と自覚することは可能なの?そして自分で夢から覚める方法はあるの?

 不可能ではない。睡眠中に、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことを「明晰夢(lucid dreaming)」という。訓練によってできるようになるというが、わたしは今まで明晰夢を見るのに成功したことはなく、そんなに簡単ではないと個人的には思う。

 ただ、朝の寝坊、二度寝で見る夢は、なんとなく「これは夢だろうな」という感覚を持って見ている人が多いのではないだろうか。朝の夢が明晰夢に少しだけ近づくのは、朝になると体内リズムが覚醒方向に働くことも関係している。

 朝になれば、深部体温が上がり、コルチゾールなどストレスホルモンの分泌は上昇し、メラトニンなど眠りのホルモンは減少に転じる。先ほど紹介した、感情のはたらきをコントロールしている大脳の前頭前皮質が、体内リズムに連動して、朝から昼になるにつれて活性化していくことも、二度寝の夢にリアル感がある要因だ。

 明晰夢と夢からの自己覚醒は、訓練によって可能であるとの報告も多く、指南書も発売されている。ただわたしの個人的感想としてそう簡単ではないと思っている。

 さて夢の世界で盛り上がる「鬼滅の刃 無限列車編」だが、来週10月31日は選挙特番の関係で放送休止となる。炭治郎たちが悪夢を断ち切るのは11月以降に持ち越されたわけだが、この機会にぜひ夢の世界のメカニズムなどにも興味を持っていただきつつ、今後も放送を楽しんでもらえればと思う。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

参考文献

西多昌規. 悪夢障害. 幻冬舎新書. 2015年

松田英子. 夢と睡眠の心理学-認知行動療法からのアプローチ. 風間書房. 2010年

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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