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経済不況で自殺が増加する:コロナウィルス経済対策の重要性

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
shutterstockより

経済不況では自殺が増加する

 Covid-19のパンデミックによる日常生活への影響は、ますます大きくなっている。特に観光・飲食業は厳しく、壊滅に近いという報道もある。気になるのは、わたしの身のまわりでも、仕事やアルバイトが休みになる勤め人や学生、客が減って収入が激減している自営の人が多いことだ。わたしの知人の内科開業医や調剤薬局からも、患者数や処方箋数減少による経営不振を嘆く声を聞く。この週末に閑散とした街を見て、今後の生活への不安感を強くした人も多いだろう。

 わたしのような経済に詳しくない者でも、世界規模の経済不況が既に始まっているのではないかと不安になる。噂されている緊急事態宣言やロックダウンが実施されれば、経済に対して悪影響は避けられないだろう。明日や来月からの支払いなど生活が気になり夜も眠れない人も少なくないとは思うが、経済不況が自殺者数を増加させるのは、1920年代の世界恐慌の頃から観察されている事象である。

 1929年頃から発生した世界恐慌(Great Recession)での死因を調べた研究では、死因のうち自殺だけが増加し、自殺率は失業率のピーク(1921年、1932年、1938年)と一致したという(1)。厚生労働省による自殺対策白書(2)での自殺者推移を見ても、バブル崩壊後の拓銀や長銀、山一証券など大手金融機関が破綻した後の1998年に自殺者が24,391人から32,863人に急増し、かつ30,000人以上の自殺者数が恒常化する現象が2011年頃まで続いてしまった(図1)。

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(図1)自殺者数の推移

 自殺に関する記事は、自殺者数が増加する3月ないし5月に多い。3月は、自殺対策強化月間でもある。しかし今年に限っては、Covid-19による経済不況によっては、自殺者が5月を過ぎても増えていく可能性も考えられ、この傾向が異なってくるかもしれない。Covid-19が引き金を引いた経済不況において有効な経済・財政対策を取らなければ、せっかく減少した自殺者を、再び増加させかねないと危惧し、この文章を書いている。

不況になると自殺が増加する

 厚生労働省による自殺対策白書(2)をもとに、自殺の基本知識をまとめておく。

・自殺者は2010年以降に明確な減少傾向をとり、2019年に20,000人を切った。

・自殺既遂者の男女比は、約2:1でほぼ一定している。

・例年3月は自殺者がもっとも多く、次いで5月が多い

・若年者(10歳~39歳)の死因第1位は自殺

・男性では40〜60才代の比率が、女性では40〜80才代に至るまで高い

・精神障害(うつ病)による自殺は減少傾向ながらも約3割

 過去の自殺対策白書内では、経済状況と自殺との関連性が記載されている。景気動向指数の増減と「経済・生活問題」による男性の自殺者数の増減には、負の相関の関係がある(図2)。不況になると、男性の自殺が増えるというパターンだ。

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(図2)景気動向指数の増減と自殺

 日本は他のOECD諸国に比べて、自殺と失業率との相関が大きい(3)。近年の自殺対策白書では、これまで注目されていた失業や就職失敗だけでなく、「事業不振」「生活苦」も自殺者増加と強い関連があるという結果が出ている。

 多重債務による自殺者は減少傾向だが、これは法テラスなど相談窓口を充実させるなど社会的サポートが貢献している。「コロナ失業」「コロナ倒産」「コロナ廃業」による自殺を防ぐには、社会・経済的サポートが重要であることを示している。

政府は有効な経済財政政策を

 アメリカの約220兆円規模の経済対策など諸外国が多額の財政出動や臨時の現金支給を決めているなかで、政府のマスク2枚給付は国民の期待に水を差した感が強いと個人的には思う。マスクばかりが報道されているが、危機対応融資枠としての緊急経済対策や雇用調整助成金の助成率アップは、手続きがわかりにくいという批判はあるが、これは評価されるべきであろう。

 コロナ不況による自殺防止として二点だけ書き留めておきたい。

1. 自殺は、家族の不和や失業・倒産、生活苦、病苦、職場環境など複合的要因が連鎖して起こる。3割がうつ病など精神障害であるとはいえ、政治が社会的対策を打たなければ、有効な自殺対策とは言えない。個人の医者ができることは、不眠に対する対処、話を聞き当事者が不況と向き合っていくサポート程度である。

2. 緊縮財政(Austerity)は、自殺率を上げる可能性がある。2001年から2014年に書けての都道府県の財政政策と自殺の関連を調べた研究では、都道府県の支出が一人当たり1%の増加は、40〜64才の働く世代の自殺率の0.2%低下と相関があったという(4)。

 自殺は、その人が生きていれば生んだであろうさまざまな影響や活動を失うことになり、大きな社会的損失となる。さらに現在日本では約40人に1人と言われる自死遺族だけでなく、周囲の人間・社会へのダメージも大きい。

 ロックダウンなど公衆衛生上の感染防止対策と経済活動とは両立が難しく、絶対解はないのかもしれない。Covid-19発症者・死亡者を抑えることが優先されるのは当然として、経済不況による死者の増加も念頭におくべきである。政治が処方しなければならない処方箋である。

1. Tapia Granados JA, Diez Roux AV. Life and death during the Great Depression. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009;106(41):17290-5

2. 厚生労働省 自殺対策白書(令和2年版)

3. Chen J, Choi YJ, Sawada Y. How is suicide different in Japan? Japan and the World Economy, 2009, vol. 21, issue 2, 140-150

4. Matsubayashi T, Sekijima K, Ueda M. Government spending, recession, and suicide: evidence from Japan. BMC Public Health. 2020;20(1):243.

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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精神科医の西多昌規(にしだ まさき)です。メディアなどで話題となっている、あるいは世間の関心を集めている事件や出来事を、精神医学やメンタルヘルスから読み解き、独自の視点をもとに考察していきます。医療・健康問題だけでなく、政治経済や社会文化、芸能スポーツなども、取り上げていきます。*個人的な診察希望や医療相談は、受け付けておりません。

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