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発達障害の「二次障害」と犯罪

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
(写真:アフロ)

「自閉症は犯罪を引き起こす」という誤り

 6月9日夜に東海道新幹線で3名が無差別に殺傷される事件が起こった。被害者のかたの無念や遺族の悲しみを思うと、強い怒りと悲しみを感じざるをえない。

 この容疑者と「自閉症」の診断が、ホットな話題となっている。

 6月10日朝に毎日新聞のデジタル版が「新幹線殺傷:容疑者自閉症?『旅に出る』」と題する記事を配信したが、自閉症=殺人犯という偏見かつ短絡的な予見を植え付けるのではと猛批判を受け、撤回・削除に追い込まれた。この報道がどうして批判されるべきかは、原田隆之氏の記事「新幹線殺傷事件を強調した報道への大きな違和感」に詳しく解説されている。

 わたしも学生相談やクリニックでの診療で、発達障害に関わる機会が増えているように、医療・心理専門職が発達障害に関わる機会が増えているのは間違いない。この報道のために、発達障害者のための施設やサポートセンターの運営や設置に支障が出ないことを願うばかりだ。

 自閉症、現在の正確な用語では自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(ASD)と呼ばれ、注意欠如・多動症/障害群(ADHD)など発達障害群のなかの一部である。発達障害と犯罪との関連が注目を浴びたのは、この事件がはじめてではない。鑑定結果が公表されている代表的な事件として

 

 2000年 愛知県豊川市 17歳男子高校生による主婦殺人事件

 2003年 長崎県長崎市 男子中学生による男児誘拐殺人事件

 2004年 北海道石狩市 男子高校生による同級生母親殺人事件

 2014年 愛知県名古屋市 女子高校(大学)生による毒殺(タリウム)未遂事件

 

 これらの事件は、「広汎性発達障害」「アスペルガー症候群(現在の用語でASD)」とする鑑定結果が公表されている。しかしこれらの結果から「自閉症など発達障害が事件を引き起こす」と考えるのは、誤りである。発達障害と犯罪について発達障害そのものではなく、「二次障害」が、非行や犯罪のような行動化に深く関わっている。

増加しているASD、減少している他殺者数

 ASDと犯罪など反社会的行動との関係に着目した疫学調査は、現在のところ大規模なものは行われていない。小規模な研究は多いが、2017年の総説では、ASD患者において定型発達者に比べて反社会的行動が多くはなく、「ASDなので犯罪が起きる」といった短絡的な因果関係を否定し、後述する「二次障害」の関与を強く疑っている(1)。

 現場の感覚から言っても、ASDが犯罪の危険因子ならば、ASDと診断された人が激増したこの数年で、犯罪者も増えていなければならないはずだ。わたしの外来診療も、数年前まではうつ病や不安障害がメインであったが、最近はADHDやASDなど発達障害の相談・治療例数がそれらを抜いてしまっている。

 わが国における「他殺」の死亡者数は、厚生労働省による統計では、1996年には680人だったのが、2006年は580人、2016年は289人と、減る一方である。変動はあるが、1960年以降は減少傾向が続いている。

 医療サイドの過剰診断、社会的に認知されたことによる受診行動の促進、コミュニケーションが重視される社会構造の変容、などといった要因も絡み、発達障害が増えていると単純に結論づけることはできない。しかし、特に2005年発達障害者支援法制定以来、医療機関を訪れASDと診断される人が増加し続けているにもかかわらず、他殺による死亡者が減少し続けている統計からも、ASDを殺人事件の主要な危険因子とするのは無理がある。

「二次障害」への理解とケア

 発達障害に関する記事では、「二次障害」という用語はよく見られるが、うつ病やパニック症などの病名を羅列してあるだけのことが少なくない。実は、発達障害の「二次障害」あるいは「二次的問題」には、明確に決められた定義や基準はない。しいて言えば、

発達障害を持つ人が、生活のなかで生じるさまざまな困難や周囲の不適切な対応のため、二次的な精神的問題を生じること

を指している。

 障害そのものに起因するのか、偶発的に起因したのかを区別することは難しい。

 発達障害のなかでも特にASD患者は、学校や職場でもいじめ、虐待、ハラスメント、理不尽で過度な叱責によって自己肯定感が損なわれ、社会に対する過剰な不安や恐怖感をもっている。因果関係がつかめないので、叱責はトラウマ記憶として残りやすい。その上に本来のコミュニケーション能力の問題から、ヘルプを求めることができずに孤立し、うつや被害妄想をもつこともある。

 ASD患者では10歳の時点ですでに一般より抑うつのスコアが高く、18歳まで上昇傾向が続くことが近日報告された(2)。子どものころから抑うつという二次障害が生じ。成人になるまで、そしておそらく成人以降も、抑うつがひどくなっていく人が多いという厳しい現実を示している。追い詰められれば、今回の事件のような極端な行動を取る可能性もあるわけだ。二次障害は、「こじらせる」という俗な表現もネットなどでは見られる。念を押すが、うつや被害妄想などは、ASDの診断基準にはない。

 

 早いうちから正しい支援が受けられれば、あるいは本人の独自性が評価してもらえる環境にいれば、二次障害は生じにくい。しかし先述したような自尊心が傷つけられる過酷な状況では、うつや不安、恐怖、敵意、攻撃性など(二次障害)のほうが目立ってしまい、肝心のASD本来の症状(一次障害)に目が行かなくなってしまう。

 結果として、社会的評価は落ちてしまい、周囲からもますます不適切な対応が取られてしまう。ますます二次障害が悪化するという悪循環に入ってしまう。

 ASDが犯罪に走る要因は、ASDの障害特性ではない。むしろ、ASDの障害特性に対する周囲の無理解や不適切な対応によって「二次障害」が引き起こされ、そして「こじらせて」しまい、犯罪などの行動化を起こしている場合が多いと考えられる。

1. Allely CS et al. Violence is Rare in Autism: When It Does Occur, Is It Sometimes Extreme? J Psychol. 2017 2;151(1):49-68.

2. Rai D et al. Association of Autistic Traits With Depression From Childhood to Age 18 Years. JAMA Psychiatry. 2018 Jun 13.[Epub ahead of print]

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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精神科医の西多昌規(にしだ まさき)です。メディアなどで話題となっている、あるいは世間の関心を集めている事件や出来事を、精神医学やメンタルヘルスから読み解き、独自の視点をもとに考察していきます。医療・健康問題だけでなく、政治経済や社会文化、芸能スポーツなども、取り上げていきます。*個人的な診察希望や医療相談は、受け付けておりません。

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