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「ブラック企業」の台頭とうつ病

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

過重労働がデフォルトの日本

日本には、労働基準法という法律があります。はたらく人の賃金や労働時間、休暇など労働条件についての最低限の基準を定めた法律が、労働基準法です。

しかし、日本の大企業には、この法律を軽く見ている会社が少なくないようです。日本においては、就職人気企業の実に約6割が、過労死基準を超える労働時間というのです。

就職人気企業225社のうち60.8%にあたる137社が、国の過労死基準を超える時間外労働を命じることができる労使協定を締結していることが、労働局に対する文書開示請求によって明らかとなった。1年間で見た場合の時間外労働時間ワースト1は、大日本印刷(1920時間)、2位が任天堂(1600時間)、3位がソニーとニコン(1500時間)だった。労使一体となって社員を死ぬまで働かせる仕組みが、大半の企業でまかりとおっていることが改めてはっきりした。人気企業の時間外労働の上限が網羅的に明らかになったのは今回がはじめて。

出典:My News Japan

「ブラック企業」という用語も、市民権を得つつあるようです。労働者の待遇を考慮せず、利潤確保を第一とする企業のことを指します。わたしの勤める医療業界も、労働基準法の枠外にあるとしか思えないブラックな業界です。当直でほとんど徹夜にもかかわらず、次の日は通常の診療をしなければなりません。わたしも、当直明けで40人近くの外来診察の途中で頭痛やめまいがしたときには、「日本の医療制度に殺される」と天を仰ぎました。

もちろん、医療業界に限った現象ではなく、官公庁やマスコミ、大企業から中小企業に至るまで、日本社会に広く浸透している悪しき勤労制度でしょう。過重労働による睡眠時間の減少、心理的重圧と緊張の絶えざる負荷は、心身の変調をもたらします。次回紹介することになる「職場結合性うつ病」の伏線でもあります。

職場のIT化、メランコリー化、そしてアスペルガー化

「三丁目の夕日」時代の職場は、現代と比べれば牧歌的なものだったでしょう。昼休みの時間、食事が終わったらバドミントンやテニス、あるいは将棋や囲碁に興じる職場も少なくなかったのではないでしょうか。あるいは、食後のタバコ一服も、昔ののんびりした休憩の定番メニューでした。

IT技術が発達した現代社会は、どう変化したでしょうか。かつては仕事がひとつ終わると、次の仕事にとりかかるまでゆっくり待つ時間がありました。外回りや出張は、会社から離れられる合法的な逃避の意味で、緊張を和らげる効果もあったと思います。

しかし、今ではコンピューターやインターネットによって、スピーディに結果や報告がなされます。一息つく暇が、まったくなくなってきています。会社から離れることはできても、携帯電話やメールによる交信から離れることはできません。タバコ一服の休憩も、職場での禁煙の励行により駆逐されつつあります。

さらに、グローバリズムによって熾烈化した企業間競争や、これに直結するサービスの不断の向上という圧力が、末端のはたらく人にまでかかってきます。顧客への良心性、いわゆる責任感の強い、他者配慮性に富むといった「メランコリー」という特徴が、企業側にむしろ強くなってきている傾向があります。過剰なまでの正確さやサービスを追求する余り、ルールが病的となり、普通の人が従うには余りに苦しいのです。

第三の要因として、社会の「アスペルガー化」も関係しているのかもしれません。アスペルガー症候群の特徴は、高い知的機能と情動知能との間にある大きなギャップです。他人の感情を配慮せず、ひたすら正確性や効率とを追求する姿は、感情と論理との間のアンバランスを連想させます。

現代の職場と関連深い物理的、心理的変化が、はたらく人の休むゆとりを減らし、心身疲労をもたらすことは、職種の違いを超えて現代の社会全般に共通していると考えます。職場に関連したメンタルの問題、「職場結合性うつ病」という概念が、注目を集めてきています。

「職場結合性うつ病」序説

普通のまじめなはたらく人が、仕事が過重となり心身が疲弊した末にうつ病を発症するケースが、近年著しく増加してきています。臨床現場でも、仕事による過重負荷を背景にして抑うつ状態となり受診する人は珍しくありません。

加藤敏・自治医科大学教授は、このようなうつ病を、職場の仕事に結合したうつ病という意味で「職場結合性うつ病」と名付けました。「職場結合性うつ病」の特徴については次回に具体例も交えて詳述しますので、本稿では導入レベルの解説にとどめておきます。

職場結合性うつ病は、「イライラする」「不安でどうしようもない」という、不安・焦燥が目立ちます。過喚気発作や強烈な不安恐慌発作など、パニック症状を起こすこともまれではありません。

旧来の「物静かな」「生気のない」うつ病とは、まったく様子が異なるのです。絶えず仕事や金銭的問題、自らの雇用など身につまされる悩みが、頭から離れません。見ていても、髪をもみくちゃにしたり、キョロキョロ周囲を見回したり、将来の不安を一方的にまくしたてたりなど、まったく落ち着きがありません。パニック症状や、発作的な自殺未遂を理由に、夜間や休日に救急受診される人もいます。

うつ病を考える上でセロトニンやノルアドレナリンなど神経伝達物質の議論も重要ですが、背景にあるはたらく人にとって過酷になっている社会情勢も、診断や治療上考慮する必要があります。

原因はあなたかもしれない 現代社会の因果応報

これまで述べてきた社会変化は、他人事ではありません。これを読んでいるあなたにも、その片鱗はあるかもしれないのです。電車が定刻から1分でも遅れてもイライラしてくるのは、過剰な「正確性」かもしれません。コンビニやファストフードで店員さんの対応が悪くてムカつくのも、対価に不相応なサービスを求めている心性でしょう。

「因果応報」ではないですが、クレームなり自分が抱いた攻撃性は、そのうち自分に向かってくるかもしれないのです。作家の谷本真由美さんは、近著「日本に殺されずに幸せに生きる方法」の中で、鋭い洞察を示しています。

過剰なまでの「正確性」を伴ったサービスを要求するどう考えても、働く人の賃金をはるかに超えた労力をかけたものばかりです。(中略)必要ないものやサービスを提供せざるを得ない理由は、実は消費者である私たちに原因があります。企業や働く人に対して、自分が払ったお金以上の商品やサービスを要求し、要求が満たされないと文句を言いまくります。

出典:「日本に殺されずに幸せに生きる方法」(あさ出版)

クレームに病んだ人を治すのは、現場ではたらくわたしの役割です。しかし、こういった社会の宿痾を癒やすのは、大医である何かでしょう。大医の代表格は政治家でしたが、昨今ではネット議論など別のものかもしれません。

政治家や社会学者、あるいは社会にインパクトを与えられる識者の意見や提案に期待したいところですが、現段階ではわたしたちひとりひとりに注意を委ねるという凡庸な提案しかありません。対価に見合わない「過剰な正確性」を求めていないかという自戒が行き届く時代は、果たしてやってくるのでしょうか。

職場結合性うつ病チェックリスト(5つ以上当てはまれば、心配なレベルです)

  • 動悸や頭痛など、からだの症状が出ている
  • イライラしてキレてしまったことがしばしばある
  • 発作的に消えたく(死にたく)なったことがある
  • 仕事に関係した悪夢をしばしば見る
  • 睡眠時間が毎日4時間以下である
  • 通勤に2時間以上かかる
  • 暴飲暴食が増えてきている
  • 上司にいじめられていると感じている
  • ネットに会社の悪口を書きこんでいる
  • 遅刻・無断欠勤している
早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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精神科医の西多昌規(にしだ まさき)です。メディアなどで話題となっている、あるいは世間の関心を集めている事件や出来事を、精神医学やメンタルヘルスから読み解き、独自の視点をもとに考察していきます。医療・健康問題だけでなく、政治経済や社会文化、芸能スポーツなども、取り上げていきます。*個人的な診察希望や医療相談は、受け付けておりません。

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