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2022年スリランカは史上最悪の正月を迎える

にしゃんた社会学者/タレント
(写真:ロイター/アフロ)

 2022年、スリランカは経済的にも政治的にも史上最悪の4月を迎える。スリランカ人にとって4月は特別だ。13日と14日は(シンハラ・タミル)のお正月を迎えるのだが、今年は、とてもじゃないが祝えるムードはこの国にはない。(余談だが筆者もシンハラ人だ。)

スリランカ事実上債務不履行も責任転嫁する裸の王様ラージャパクシャ兄弟

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 本来の祝日は、13と14のシンハラ・タミル正月の2日間と、15日の聖金曜日(キリスト教関連)の3連休となるが、今回は、政府発令で11日と12日を特別休暇にされた。そのため、前後2回の土日を合わせると9連休となる。正月は本来なら家族で集い、心穏やかに暦に沿って行く年、来る年を過ごし、美味しいものを食べ、周り近所との交流を育むのだ。

 今回政府が特別休暇を発令した理由はラージャパククシャ兄弟の退陣を求めるデモの鎮火を狙ったものだが、むしろ休暇を利用して反政府デモに参加している人が増えたように見えなくもない。

 スリランカで、今から3年前の2019年の4月に、9人のスリランカ人、イスラム教テロリストによる自爆テロが(イースター・サンデーに)実行された。一連の爆弾は、首都コロンボの中心部にある教会や高級ホテルを破壊し、この事件で42人の外国人を含む260人が死亡、数百人が負傷した。攻撃後の数週間、観光客の入国は最大で70%減少するなど、スリランカの3番目に大きな外貨獲得源で、国内総生産の10%を占める観光業が大きな打撃を受けた。実はこの事件は、それ以上にスリランカの後の運命を決める大きなきっかけとなった。

 イースターサンデーの事件は、スリランカの人口の70%を占める多数派のシンハラ民族・仏教ナショナリズムを焚き付けて政権獲得を企む者にとっては好都合だった。そして民族的・宗教的多数派がその流れに便乗し、感情論を優先させ、政治家の資質や能力を重視せず、さらには過去の経験に学ばず、進んだ結果、その因果応報が現在のスリランカの姿なのだ。

 多数派による浅はかな政権選択の結果、無能で、私利私欲で、人権無視で、中国一国従属に突っ走ることを理由に、2015年に(せっかくやっとの思いで一旦、)大統領の座から引きずり下ろすことができた、ラージャパクシャ家を(兄マヒンダに変わって今度は弟ゴータバヤを大統領に、そしてマヒンダを首相の座に)国の顔に蘇らせることになった。そして少数派民族や宗教に対峙する強いリーダー、シンハラ・仏教ナショナリズムだけを基準に選んだしっぺ返しこそが、我々が今、目にしている混乱に満ちたスリランカなのだ。

 強いリーダーとしてのラージャパクシャのイメージは大統領選の約10年前の2009年に出来上がった。戦後、スリランカ政府による少数民族への差別的な扱いに端を発し、その一派が武力組織化し、四半世紀にわたり政府と対峙して独立運動を展開したLTTE(タミル・イーラム解放の虎)指導者ブラバーカランが、マヒンダ・ラージャパクシャ(今の首相)が大統領だった時代に射殺された。現大統領のゴータバヤは、当時マヒンダ兄の下で国防長官を務めていた。内戦鎮圧に際して多数の少数民族タミル人を無差別に殺害した罪で国際社会から吊し上げられ、支援などの対象から外された結果、中国に隙を与え、現在の中国一国従属の体制へのレールが引かれたことも忘れてはならない。

 2019年、ゴータバヤ・ラージャパクシャが大統領選に出馬する際に掲げた主な政策は3つで、それは大幅減税、有機農業の徹底、そしてワンカントリー・ワンロー(one country one low:一国一法)の施行なのだ。冷静に考えれば、大幅減税と農業を100%有機農業にするのは、非現実的で政治素人丸出しの政策である。そしてワンカントリー・ワンローは、聞こえは良いが、実態は多数派シンハラ・仏教寄りの政策をつくり、少数エスニシティの者にそれを押し付けようといういわば「同化政策」であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 つまりラージャパクシャ政治とは、大幅減税と国の農業を100%有機農業化するという無謀な政策が案の定失敗し、その失敗から支持母体である多数派シンハラ・仏教徒の目を逸らし、国の政治はうまくいっていないことのガス抜きを少数民族・宗教をイジメ倒すことで成り立たせた政治ということになる。

 いじめが加速するほど、強いリーダーとして崇められるようになり、神格化に近い扱いをする者までもが現れる始末となった。身近な例で言うとフェイスブックユーザーなどがプロフィール写真にラージャパクシャらの写真を一緒に写す者がなんと多いことか。ラージャパクシャ・ロジックにまんまと引っかかり、乗せられ、国の実態を見ようとせず、少数民族や宗教が虐められていることに一緒になって快感を覚えた多数派シンハラ・仏教徒全員が、今のスリランカの状態を作り出した共犯であることを反省しなければならない。

 少数民族軽視と多数派機嫌取りのラージャパクシャ政治は、スリランカを民主主義や人権を重んじる国際社会から切り離し、中国に入り込む隙を与え、プレゼンスを拡大させるというループをつくった。そして国の財政赤字がかさむ中で、支援と引き換えに健全な財政規律を求められるIMFなどとの関係を断ち、ラージャパクシャ一族の欲望を思う存分に満たすことのできる中国の融資に依存する体制を強めていった。中国によって国のトップの私利私欲に付け込まれ、最終的には国家主権を脅かされている国々の報道を見聞きするが、皮肉なことにスリランカはそのパイオニアとなった。今までのラージャパクシャ一族による行いが今の結果と繋がっている点、まさに「花は根に鳥は古巣に」ということになろう。そして全てのことの発端は質の良い共生を目指さず、多数派本意を悪用し、少数者虐めを続けたことにある、ということを忘れてはならない。

 だが、ラージャパクシャ兄弟を最後に一つだけ褒めてやりたい。実は、社会分断を旗印に政治を行ってきた彼らの責任においてもたらされた今回の経済的・政治的大混乱が、結果としてスリランカ国民を政党や政治思想、職業なども関係なく、さらには大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、そして何よりも民族的・宗教的な垣根を超えて民衆を団結させたのだ。そして多くのスリランカ人の目下の願いはたった一つだ。あと数日後にやってくる正月を穏やかに迎えるためにも「どうか速やかに退任してくれ」である。

社会学者/タレント

羽衣国際大学 教授。博士(経済学)イギリス連邦の自治領セイロン生まれ。高校生の時に渡日、日本国籍を取得。スリランカ人、教授、タレント、随筆家、落語家、空手家、講演家、子育て父などの顔をもっており、多方面で活動中。「Mr.ダイバーシティ」などと言われることも。現在は主に、大学教授傍ら、メディア出演や講演活動を行う。テレビ•ラジオは情報番組のコメンテーターからバラエティまで幅広く、講演家として全国各地で「違いを楽しみ、力に変える」(多様性と包摂)をテーマとする ダイバーシティ スピーカー (多様性の語り部)として活躍。ボランティアで献血推進活動に積極的である。

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