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スリランカの政治、仏僧が大統領一族へのトドメ刺しとなるか?!この国で僧侶に退任を迫られることの意味。

にしゃんた社会学者/タレント
キャンディ市にある仏歯寺の入り口。この国は上座部仏教は主流だ(文:にしゃんた)(写真:アフロ)

 スリランカでは、お金がない者はもちろん、お金があっても必需品が手に入らない。そんな状態が続いている。理由は簡単で、この国は輸入に頼っているためだ。スリランカの外貨準備高は過去2年間で70%激減、2月時点ですでにわずか23億1000万ドルにまで落ち込んでいた。スリランカの港まで荷物が届いているのに、金が払われず、荷下ろしが出来ず待ちくたびれているコンテナ船もある。今後、最も懸念されることの一つは医療崩壊だ。医療品価格がインフレによって30%以上引き上げられ、医療品の85%が輸入に頼っているため、すでに人命が危険にさらされている状況だ。

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 スリランカは国内の混乱と合わせて、国際社会の信用性も驚く速さで下向している。スリランカ・ルピーは歴史的な低水準に急落、ロシアのルーブルさえ引き離し、世界最悪の通貨との汚名を付けられている有様だ。3月7日の時点で1米ドルが201.62だったルピーが、その1ヶ月後の4月7日には314.96まで落ちぶれた。

 街中でデモがある風景はすっかり日常と化した。スリランカは多民族や多言語国家だが、互いの垣根を越えてあちこちで団結し、ラージャパクシャらの退陣を求めている。スリランカは同時に多宗教の国家でもあるが、宗教関係者も反政府勢力に加わってきている。その中でも特筆すべきは仏僧の登場だ。

 ここ数日、スリランカで驚くべき逆転現象が起きている。ちょっと前までは絶対的な権力を握っていたラージャパクシャ一族が、その数日後の今ではレームダックと言われるにふさわしい立場に追いやられている。今回、国の混乱が激化して間もなく、(ラージャパクシャ家族メンバーを除く)内閣全員が辞表を提出し、次に大統領が(首相の兄だけを残して他の家族メンバーを閣僚から退任させ)、新しく任命した財務大臣がわずか24時間で辞職し(現在も後任が不在である。)た。最後は、とうとうラージャパクシャ政権が議会の過半数を失った。こんなところにもラージャパクシャ族の力の衰えを感じる。強行に発令した非常事態も数日以内に引っ込めた。今までの強権政治からは到底想像もできない姿を曝け出している。さらには先日ついに国会に姿を現したラージャパクシャらは、国家議員による大きなブーイングで迎えられた。国会の外でのラージャパクシャに対する「出て行け!」の声がとうとう国会内にも伝播した。この風景はおそらくスリランカ国会史上初めてのことだ。

 それでもラージャパクシャは大統領職を「いかなる状況下でも辞任はしない」と公言している。国民が声を張り上げようと制度的に追放が出来ない仕組みになっている。スリランカは直接選挙によって大統領を選び、今のゴータバヤ・ラージャパクシャは、この国の約690万人の国民の投票によって選ばれているのだ。アベイワダナ国会議長も、「議会がゴータバヤ・ラージャパクシャに退陣を求める可能性を否定し、大統領の運命を決めるのは、今や大統領を選んだ国民である」と言っている。大統領の退任には国民投票の実施しか無いが、今のゴタゴタの中では現実的とは言えない。

 そんな中、今週の半ばに国の有力な仏僧がラージャパクシャに反旗を翻した。スリランカの僧侶たちはラージャパクシャを選挙での勝利に導いた人たちでもある。ラージャパクシャは、これでもなお図太く生き残ろうと粘るのか、それとも僧侶がラージャパクシャの政治生命のトドメ刺しとなるか、注目される。

 スリランカの最高指導者の一人であるアタンガン・ラタナパラ師が4月6日に声明を発表した。

「政府は国民の怒りを過小評価せず、現政権は直ちに辞任すべきだ。暫定政権を形成し、国の危機回避・回復のため措置を取らなければならない。過去2年半の間、現職の政府は、国を最後まで破滅させ、民主主義、法の優位性を破壊し、国の資産を売却し、国は植民地化され、国のお金が不正使用され、海外からの支援を私物化してきた。国民はこれら全てを知っている。だから、国民は街頭に出てきたのだ。人々は物乞いをし、食べ物を求めて泣きはじめている。もし、政府が彼らの声に耳を傾けて事態を深刻に受け止めなければ、人々は非常に厳しい行動を取るために動くだろう。これ以上国民を苦しめるようなことはあってはならない。政府は直ちに辞任すべきだ」

 今までも仏教会を含む、宗教界から「国の混乱を治め・社会の正常化に努めるべき」というレベルの声明は多数あった。しかしラージャパクシャ一族の退任と彼らによる今までの行いを具体的に指摘して厳しく批判したこと、しかもこれほど高い地位にいる僧侶からということは初めてだ。これはラージャパクシャ政権にとって大きな痛手となる。

 この国の僧侶たちが、ラージャパクシャらを政権に押し上げ、仏教ナショナリズムの中で彼らが守られてきた事実は否めない。上座部仏教はスリランカの公式宗教であり、人口の70%以上が信仰している。また、最大の票田でもある。2019年の選挙では、僧侶らが公然とラージャパクシャらのキャンペーンに参加、中でもボドゥ・バラ・セーナなどの過激な仏教ナショナリズム運動を率いる僧侶らに支えられた。中国にとって好都合なラージャパクシャ一族政権を存続させるために、当国から流れた膨大な資金の一部が仏教ナショナリストの僧侶らにも行き渡っているとされる。大統領選挙の際は、スリランカにある1万もの仏教寺院や仏教徒に対して「仏教徒はラージャパクシャに投票すべきだ」と呼びかけも行われた。

 ラージャパクシャ政治を支えた二大キーワードは中国と仏教だ。中国の金と国家資産と引き換えに私腹を肥やし、そして仏教ナショナリズムでスリランカの多数派民族の人気を得て政権の座を確保したのはラージャパクシャ一族だ。スリランカ国民を騙くらかしたラージャパクシャ・マジックの最大の支柱である仏教界からの最初の楔が打たれた。

社会学者/タレント

羽衣国際大学 教授。博士(経済学)イギリス連邦の自治領セイロン生まれ。高校生の時に渡日、日本国籍を取得。スリランカ人、教授、タレント、随筆家、落語家、空手家、講演家、子育て父などの顔をもっており、多方面で活動中。「Mr.ダイバーシティ」などと言われることも。現在は主に、大学教授傍ら、メディア出演や講演活動を行う。テレビ•ラジオは情報番組のコメンテーターからバラエティまで幅広く、講演家として全国各地で「違いを楽しみ、力に変える」(多様性と包摂)をテーマとする ダイバーシティ スピーカー (多様性の語り部)として活躍。ボランティアで献血推進活動に積極的である。

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