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リセット・スリランカ 光り輝く島、再び!(スリランカ大統領選を終えて)

にしゃんた社会学者/タレント
マイトリパラ・シリセナ新スリランカ大統領。出所:foxnews.com/

2015年1月8日。その日、スリランカの歴史が動いた。国民投票により新大統領が誕生したのである。スリランカ史上最も注目された選挙となった今回、事実上現職と与党統一候補の一騎打ちとなった。結果、現職のマヒンダ・ラージャパクサ大統領候補の5,768,090得票数(得票率47.58%)を上回る、6,217,162得票数(得票率51.28%)を獲得したシリセーナ野党統一候補の当選が確定した。1月の9日の午前中に選挙管理委員会によって正式な選挙結果の発表が行われ、午後には7代目となるマイトリパラ・シリセナ新スリランカ大統領の就任式が行われた。

ここでスリランカの一般民衆の声を元に今回の新大統領の誕生に至った経緯および国内外における今後のスリランカについての希望的観測を見出したい。

現職だったラージャパクサが、それまであった「3選を禁止し、大統領の任期は最高で2回まで」とする条項を撤廃する憲法改正を可決させ、2期目の任期はまだ約2年間残っていたにもかかわらず、権力基盤が盤石なうちに3選を目指したのが今回の選挙。注目すべきは、何故これほどまでに今回の選挙が国内外で注目されたかについてである。キーワードになるのは「恐怖」。国内外における恐怖である(国内に関しては国民の「怒り」も抱き合わさった)。これら全てがラージャパクサ前大統領および一族に向けられたものである。

前任のラージャパクサは、スリランカ自由党(SLFP)の当時の大統領であったクマーラトゥンガ大統領の後任として指名を受け、2005年に大統領選で当選した(直後に前任のクマーラトゥンガ元大統領を党より追放するなどラージャパクサ政権の独裁性の前兆がこの早い段階から顔を覗かせている)。ラージャパクサにとっていろんな意味で大きな転機となったのは、シンハラ人多数派を占める政府(軍隊)対少数派タミル人で形成するLTTEとの間で26年間続いた内乱が任期中に終息であった。結果ラージャパクサが「戦争を終わらせた強いリーダー」としてのイメージ戦略に成功し、スリランカ多数派のシンハラ族からの人気を得た。しかし同時に人権侵害および無差別大量虐殺を伴った戦争の終結の仕方が、少数民族(特にタミル人)からは強い警戒感をもたれ、国際社会からは強い批判と責任追及されることに至った。状況は戦争が終り6年経過した現在も変わっていない。

2010年に2期目となる大統領選で再選を果たすも、ラージャパクサ陣営に対して選挙の集計で不正を働いた疑いがもたれている。合わせてその選挙の対立候補であったスリランカ内戦終息の立役者だったサラス・フォンセーカ国防参謀長の選挙直後にラージャパクサに背を向けたことを理由に濡れ衣を着せ投獄しただけではなく、選挙権の抹消まで行なったラージャパクサの強情さが、国内外からの彼に対する不信と批判を一層強いものにした。また任期中に、数多くの政府に対して批判的な立場のジャーナリストの殺害、報道機関に対する攻撃のみならず、ラージャパクサに批判的な一般国民に対する暴力・殺害事件が無数に起きており、犯人が全く割り出されていない点からしても、全てラージャパクサの側近の仕業であるとの見方が強い。私は、数回スリランカを取材で訪れた際、タミル人であっても、シンハラ人であっても、全ての人が大統領を異常なまでに褒め称える人しかいないことに違和感を覚えたことを記憶している。それらは本心ではなく、批判することは命が奪われかねない恐怖心の現れであった。ラージャパクサ政権下ではスリランカ国民は恐怖に怯え、言論の自由も民主主義も奪われていた。

ラージャパクサ一族よる国家の私物化を表現した風刺画。出所:srilankabrief.org
ラージャパクサ一族よる国家の私物化を表現した風刺画。出所:srilankabrief.org

ラージャパクサ側に向けた国家権限の集約の行き過ぎが目立ち、大統領は自ら国防大臣,財務計画大臣等を兼任し、経済開発,国防次官,国会議長といった要職には,自らの3兄弟を据えただけではなく、社会のあらゆる要職に家族や親類を据えた体制の中で政治を展開していた。また国や組織の決まりも親類に有利になるよう変更させ、国家を私物化したラージャパクサ一族の行き過ぎについて国会の場においても頻繁に指摘されるようになった。ラージャパクサ一族の中でも、武力による国家支配の実質的な責任者であった大統領の弟である、ゴタバヤ・ラジャパクサが国民から最も恐れられた存在であった。政府に楯突く者に対する暴力を伴う始末と「国防」や「都市開発省」の要職を悪用してスリランカの不動産などの所有権をラージャパクサ一族に転換(私物化)する活動を主に担った。

合わせて、スリランカを対象にして発生する経済案件にラージャパクサ一族が必ず仲介する体制を作り、上前を取っているという情報が瞬く間に国民の中に知れ渡るようになり、そこから国民はラージャパクサ本人および一族、特に海外からの出資の仲介を中心的に担っていたラージャパクサの息子のことを「ミスター15%」と比喩するようになった。立証は困難なものの、この短い政権の間にラージャパクサが世界で上位の、またラージャパクサの息子がアジアの上位の富豪になっているとの情報が国内で広まり、現政権に対する国民の批判の声が高まっていった。

上記とは別に国内にとどまらず国際社会からも今回の選挙が注目を浴びるようになったのはラージャパクサと中国の親密な関係である。国際社会から、人権侵害を行った政権に対し、経済支援を敬遠され、孤立していた状況を活用(悪用)したのは中国であった。中国からの膨大な開発資金を受け、その引き換えに「自国の主要な港や国土を中国側に譲渡し、同時にラージャパクサ一族が中国より利益供与を受け私腹を肥やし、スリランカ次世代には借金だけを残した」と野党側の指摘をなどを切っ掛けに国民の不満も膨張していった。

ラージャパクサの、中国に対して過剰に肩入れをした姿勢がスリランカ国内と国際社会の恐怖と一致した。いわゆる中国による「真珠の首飾り戦略」に対するスリランカが加担したことである。スリランカの港に中国のミサイル搭載の潜水艦が姿を現すようになり、ラージャパクサと組んだ中国の軍事的台頭は、インドを中心とする南アジアだけではなく、米国や日本の恐怖を煽り立てた。2014年に異例ともいえる24年ぶりとなる日本の首相の突然のスリランカ訪問も真珠の首飾りに楔を打つことが目的であった。

暴力、言論の自由の喪失、大統領一族への国家権限の過剰な集約、民主主義の喪失などに対する、国民の恐怖こそが、今回の新大統領誕生の下地となった。そしてラージャパクサに対抗すべく政治家側も与野党を超えて、民族や宗教の違いを超えて団結したことがラージャパクサに対する「恐怖」の大きさと、彼に対する不満は、偏りのない普遍的なものであることを証明する上で最も良い証拠となる。合わせて、国際社会、特にインドをはじめとする南アジアの国々、米国や日本などにより、ラージャパクサ政権転覆への高い期待が寄せられた。選挙の正式な結果発表の前から世界の首脳より舞い込んで来た、新大統領への祝福の声がラージャパクサに対する恐怖からの脱却に対する大きな喜びでもある。

今回の選挙は、与野党の対決ではなかった。「ラジャパクシャ一族と大統領任期中に権威を悪用により蓄えた膨大な財力や武力」対「与野党を超えた民意」の戦いであった。今回の選挙は単なる選挙というより、スリランカにおける私利私欲に走った悪しき一族体制の転覆という意味において国の歴史における大きな革命であり、国内外にとってとてつもない大きな勝利と言えよう。

当初、選挙で負けても前倒し選挙であった点、任期はあと2年残っているため大統領の座を離れるつもりはないなど公言していたラージャパクサだけに、敗戦決定後に大統領官邸を野党代表に対して速やかに明け渡したことに関して国内外から評価されている。しかし、官邸を明け渡したのは早朝6:30という不自然な時間であり、その直前にラージャパクサの敗色が濃厚になったため、ラージャパクサが自ら警察長官や陸軍参謀長らを呼びつけ開票作業を阻止するクーデター企てるよう指示した疑いがもたれている。ラージャパクサの権威への執着とそのためなら暴力も厭わない姿勢が最後まで貫かれていたことがうかがえる。今回の選挙の公示後、あるいは選挙期間中に多くの妨害事件なども発生し、学校などを3日間休みにするなどの警戒態勢で挑んだ今回の選挙だったが、幸いなことに選挙後に警戒されていたような混乱は報告されていない。

マイトリパラ・シリセナ新スリランカ大統領。出所http://groundviews.org/
マイトリパラ・シリセナ新スリランカ大統領。出所http://groundviews.org/

就任式を終えたマイトリパラ・シリセナ新スリランカ大統領は今後の政権運営に関して「公約通り、スリランカ国の民主主義、経済、文化、外交の正常化と発展に寄与する」とメディアにコメントを送った。大統領の任期は6年間であるが、公約通り、任期の延長はしないとも合わせて公言を行った。この6年は、スリランカをあらゆる分野において「リセット」することこそが新大統領の最大の任務であろう。暴力ではなく、民衆との対話に基づいた平和な土台の取り戻しと民衆の幸福をもたらす国家の飛躍的発展と合わせ、世界平和および持続的な発展に貢献することが期待される。世界から頼まれるまでもなく「真珠の首飾り」にスリランカが自ら楔を打つ可能性もこれで大きくなった。

繰り返しになるが、今回のスリランカの大統領選挙による勝利は、この国の民族や宗教や立場や政党までのあらゆる垣根を超えて民衆が手を携えて国際社会と共に勝ち得た大勝利である。スリランカが自ら輝き、世界を輝かす国としての活躍、「スリランカ」はまさに、これから!目が離せない。

「人間味を主人公にする国家運営」を謳った新大統領のHP。出所:http://groundviews.org/
「人間味を主人公にする国家運営」を謳った新大統領のHP。出所:http://groundviews.org/

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<参考資料>

□7代目スリランカ大統領マイトリパラ・シリセナのHP。新大統領の名前にもなっている「マイトリ」とは「慈悲深い」という意味である。慈悲深き国づくりに期待したい。

□日本とスリランカの歴史的なつながりに関する記事。

1.忘れてはならない!JRジャヤワルダナ大統領、日本への本当の願い(サンフランシスコ講和記念日によせて) 

2・日本、国家としての記念日は、思いやりをもって一つになってこそ!サンフランシスコ講和会議、複眼的考察

社会学者/タレント

羽衣国際大学 教授。博士(経済学)イギリス連邦の自治領セイロン生まれ。高校生の時に渡日、日本国籍を取得。スリランカ人、教授、タレント、随筆家、落語家、空手家、講演家、子育て父などの顔をもっており、多方面で活動中。「Mr.ダイバーシティ」などと言われることも。現在は主に、大学教授傍ら、メディア出演や講演活動を行う。テレビ•ラジオは情報番組のコメンテーターからバラエティまで幅広く、講演家として全国各地で「違いを楽しみ、力に変える」(多様性と包摂)をテーマとする ダイバーシティ スピーカー (多様性の語り部)として活躍。ボランティアで献血推進活動に積極的である。

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