必然の再会と、前代未聞の「9人連続PK失敗」と。(後編)

勝利の立役者となった飯倉大樹(中央)。再会を楽しむ余裕が集中を呼んでいた(写真:つのだよしお/アフロ)

 無心。

 あのPK戦における心持ちを尋ねると、飯倉大樹はそう表現した。

「当然ですけど、ヴィッセルの選手なんでヴィッセルのために勝ちたいという思いがあります。そして俺はずっとF・マリノスでプレーしてきたわけだから、複雑な感情だってないわけがない。欲をなくすというか、深く思いすぎないというか。そんな心持ちでいることで、逆に余裕を持つことができたとは思いますね」

 勝ちたい、止めたい。それは心に留めて、かつてのチームメイトとの真剣勝負を楽しもうとしていた。練習の場、遊びの延長線上でやってきた昔のPKを懐かしむように。

 サドンデスに入った6本目の先攻、飯倉の前に和田拓也が現れた。

 無心の守護神は静かに立ち、敢えてどう蹴ってくるかをイメージしなかった。見極めるというよりも、このときだけは感覚に頼ったという。

「F・マリノスを離れる1カ月前くらいかな、タクとは何度も食事に行ってたんですよ。出番があんまりなくて『頑張れよ』って励ましたりして。お互いに食べたいものとか感覚が合うんで、PKもそういうのあるんじゃないかなって。タクは俺につられた感じになりましたよね」

 対角線に蹴り込んだボールに勢いよく飛びつき、右手で弾いた。ポストにはね当たったボールが顔に直撃して目を開けられなかったが、ゴールを許していない確信はあった。

 横でこのシーンを見ていた朴は、感服するしかなかった。

「ウチでキックのうまい選手が、4人連続で決められていないわけですからね。大樹くんの集中がスゲエって思いました」

 繰り返すが、飯倉は集中しようと思ってそうなっているわけではない。古巣のチームメイトと対峙すれば、彼らへの思いもあって勝手に集中が生み出されていくという好循環があった。

 朴はさすがに覚悟した。後攻で目の前に立つトーマス・フェルマーレンの姿がやけに大きく感じたからだ。

 しかし失敗の連鎖は、ベルギー代表をも巻き込んでしまう。朴はコースと逆に飛んでしまったものの、ボールは大きく外れた。

「真ん中に蹴ってくる可能性だってあるなって思いました。フェルマーレンは落ち着いていたし、逆を取られたときは『しまった』と思いましたよ。でも、まさか外してくれるとは。大樹くんだけじゃなくて、きょうの俺は持ってるんじゃないかってこのときばかりは感じましたね」

飯倉からもらった言葉を胸に秘めて

 勝ちたい、大樹くんに勝ちたい。

 背中を追ってきた人と、競いあえる「今」がいつしか喜びに変わっていた。

 昨年7月、マンチェスター・シティとの親善試合を最後に、飯倉は横浜の地を離れていった。朴は別れの際に、こう伝えたという。

「勝手ながら大樹くんの思いを、僕なりに受け継がせてもらいます」と。

 言うは易く行うは難し。

 飯倉がいなくなってからは、モチベーションに苦しんだ。追ってきた先輩の存在の大きさに気づいた。それでも自分を奮い立たせ、優勝にガムシャラに向かっていった。

「このチームのスタイルは、お前だからやれる」

 飯倉からもらった言葉が、いつなんどきでも奮い立たせることのできる、とっておきの魔法であった。

 どよめきは続く。

 7本目の先攻は、将来のF・マリノスを背負う遠藤渓太。

 飯倉は冷静に分析していた。

「アイツのことだからパンチ力で勝負してくるはず。そうなると対角線に蹴ってくるか、真ん中を狙ってくるか。右に飛びましたけど、意識は真ん中にもありました。そうしたら真上を狙ってきて、やっぱりな、と」

 飯倉の読みにコントロールが狂わされたのか、ボールはクロスバーを叩いた。

 彼はこのときの光景が忘れられないという。

「何気に電光掲示板が目に入って、そうしたら全部バツになっていて、なんじゃこりゃ、と。現実味がないし、不思議な感覚になりました」

 大型ビジョンにはスペース上、5人のキッカーの成績しか反映されていない。3本目から7本目まで「×」が続き、次の後攻だけスペースが空いていた。

 これを見て次のキッカーとなる山口蛍と目が合った。いや、目を合わせようとした。

「もう決めてくれ」

 無言のジェスチャーに、プライベートでも仲が良いという山口は深く頷いたそうだ。

 10人連続の失敗はあるのか。

 朴は「何だか地に足がついていない」と自分にふわっとしたものを感じた。フェルマーレンが失敗した残像がまだ消えていなかった。勝負を決めると静かに意気込む山口のテンションと合致できていなかった。

 逆を取られてゴールネットを揺らされ、前代未聞のPK戦に終止符が打たれた。

 一瞬にしてヴィッセルは歓喜の輪に包まれ、その中心に飯倉がいた。

PK失敗をキッカーのミスとして見るのではなく

「お前ら、パギに謝っておけよ」

 試合が終わってから挨拶するためにF・マリノスのロッカールームに顔を出した飯倉は、古巣のチームメイトに愛情ある毒を吐いた。朴とも健闘を称え合い、「GKは大変だったな」と声を掛けた。そして恩師でもあるアンジェ・ポステコグルー監督に「遅ればせながらリーグ優勝、おめでとうございます」と直接、伝えることもできた。

 飯倉はポステコグルー監督が掲げる超攻撃サッカーを象徴する選手だった。ハイラインの申し子となり、果敢な飛び出しやビルドアップはこれまでのGK像を一変させた。だが昨シーズン、朴が正GKに座るようになったことで飯倉は現役引退まで考えるようになっていた。試合に出られないという悔しさがこみ上げてきたわけではなかった。

「(残留争いに巻き込まれた)一昨年、周りにはいろいろと言われたじゃないですか。前に出過ぎて、ゴールを決められて批判されようとも、俺はこのサッカーでタイトルを獲るためなら、何言われたって構わないと思いましたよ。自分なりに背負って戦ってきたつもりです。だから試合に出られないようになって、言葉にするなら『戦い疲れた』というのもあったとは思うんです」

 新たな基盤をつくり上げるために、彼はチームの先頭に立って走ってきた。ベテランとして背負ってきたところも過分にある。だからこそ、その場所がなくなったときにこれまで感じてこなかった疲労が重くのしかかった。

 神戸からオファーが届き、とことん悩み抜いて移籍することを決めた。だから今はクラブを背負うというよりも、肩の力を抜いてプレーできるようになった。

「蛍や(酒井)高徳や、感覚の近い選手たちがいるし、(トルステン・)フィンク監督やアンドレスからは勝つチームの戦い方というのも教わっている。天皇杯で優勝することもできたし、凄く充実できている。それもこれも横浜でやってきたことが、今、花が開いているっていう感じもするんです」

 飯倉はそう言って、生気みなぎる顔を向けた。

 

 朴は横浜を背負う覚悟と向き合うことで成長を呼び、逆に飯倉は解放によって未開拓の伸びしろを手にしている。

 あの9人連続失敗をキッカーのミスとして見るのではなく、2人のGKをめぐる背景が複雑に絡みあってキッカーを凌駕するシチュエーションを生み出していたと考えれば、まったく別の見え方になる。

 運命の交差は、きっと必然だった。

 朴は言った。「PKがもっと続いてほしかった」と。

 飯倉は言った。「終わったときに、ちょっと寂しさを感じた」と。

 2人の思いなくして、あの「前代未聞」は生まれなかった。