必然の再会と、前代未聞の「9人連続PK失敗」と。(前編)

PK戦で先輩の飯倉大樹に食らいつく朴一圭。プレーでの対話に喜びを感じていた(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 飯倉大樹は、笑っていた。

 試合前でも試合後でもない。試合中、それもPK戦の真っ最中に。

 朴一圭(パク・イルギュ)は、喜びに満ちていた。

 シビアなPK戦の最中にあるというのに。

緊張感とそれを和らげるような何か

 2020年2月8日、埼玉スタジアム。J1王者・横浜F・マリノスと天皇杯王者・ヴィッセル神戸がシーズン開幕直前にぶつかった「FUJI XEROX SUPER CUP」は異様な盛り上がりを見せていた。神戸がリードして横浜が追いついての展開を3度繰り返してタイムアップ。打ち合いによってボルテージが上がったままPK戦に持ち込まれた。

 その舞台となるヴィッセル側のゴールに向かう途中、朴は先輩に声を掛けた。

「乱打戦になりましたね」

「まさかPK戦とは、な」

 お互い、苦笑いに近い。握手を交わした2人はゴールに向かうほうと、離れるほうで別れた。

 飯倉と朴には浅からぬ縁がある。飯倉はF・マリノスの育成組織からトップチームに昇格し、13年以上にわたって在籍してゴールマウスを守ってきた。だが、FC琉球のJ2昇格に貢献して移籍してきた朴にシーズン途中からポジションを奪われ、昨年7月に神戸に移籍している。その後F・マリノスはリーグを制し、ヴィッセルは天皇杯を制した。

 こう書くと強烈なライバル意識を想像しがちだが、そうではない。3つ年上の飯倉は朴にとって「常に目標とする人」。飯倉に人望があるのも、朴を含めて兄貴分として慕う人が多いからだ。

 飯倉としても同じ釜のメシを食ってきたチームメイトが敵として自分の前に立っている現実に不思議な感覚を持ったに違いない。懐かしさの反面、大きな勝負が始まるというそのギャップ。ピンと張り詰めた緊張感と、それを和らげるような何かがピッチを包んでいた。

エジガルのPKからそれは始まった

 先攻はF・マリノス。

 快足センターバックのチアゴ・マルチンスがトップバッターで登場した。主審の笛が鳴り、飯倉はチアゴだけを見て動かない。最後まで動きを見極めようとしたが、キックとは逆方向に飛んだことで決められてしまう。

 飯倉は心のなかで「あっ!」と叫んだ。

「チアゴとはよくPKの練習をやっていたんです。対角線に強く蹴ってくることが多いっていうのを決められた後に思い出した。そうだよ、チアゴはこっち多いじゃんって(笑)」

 後攻のヴィッセルはアンドレス・イニエスタが出てきた。

 朴は松永成立GKコーチからイニエスタのデータを伝えられていたが、飛んだ逆方向に決められた。

「データを踏まえて『あとは自分で決めろ』と言われたんですが、もっとイニエスタの動きを見てから反応すれば良かったな、と。ちょっと安易に入りすぎた反省があったので、次からはデータを踏まえつつも、しっかり自分の目で判断しようと思いました」

 2本目もお互いに決められてPK戦のスコアは2-2。この時点で両チーム合わせて「9人連続失敗」を誰が予想できただろうか。

 朴は嫌な予感がしていたという。

「エジガル(・ジュニオ)は大樹くんと結構、PK練習していたよなって思い出して。1、2本目は成功したとはいえ、大樹くんは(シュートを)誘い込むのが非常にうまいので」

 先攻の3本目、エジガルが蹴る前、対峙した飯倉がフッと笑ったように見えた。本人に確認すると、頷いてからこう言った。

「エジガルがケガでブラジルに戻っていたときに俺が神戸に移籍したので(会うのは)随分と久しぶりだったんです。ケガや(20年シーズンの)契約のことも気になっていたからたまにインスタでやり取りしていて、お互いに『再会できたな』という感じでアイツも俺も笑って。だから凄く楽しめるなっていう感覚になったんだと思います。アイツともよくPKの練習していましたからね」

 対角線で蹴ってきた右足シュートに合わせて飛び、左手で弾いたボールはポストに当たってゴールから遠ざかっていった。

 派手なガッツポーズはない。鼻に手をやる仕草くらいで、感情の起伏を感じさせることもなかった。

 逆にこのシーンを見て気持ちにスイッチを入れたのが朴だった。「次食い止めないと、勝てない」という直感が働いた。敢えていきり立つくらいの感情を瞬時につくり出し、後攻3本目の小川慶治朗の前に立ちはだかった。

 気持ちが入り過ぎて「動くのが早かった」。小川が蹴ったコースと逆に飛んでしまったものの、ポストを叩いた。だが喜んではいられなかった。ここまですべて自分の読みとは逆になっていたからだ。感覚的には「クビの皮が一枚つながった」に過ぎない。「もう一度、冷静になろう」と自分に言い聞かせた。

 4本目の先攻、水沼宏太は蹴ったコースに飯倉が反応したことも影響したのか、上に外してしまう。完全に「大樹くんペース」になっていると朴は感じた。

 しかしながら、入れ込みすぎてもダメ。深呼吸を繰り返して次のキッカー、西大伍を迎え入れた。

「相手の膝下の動きだけ見ようと思いました。その動きを見てコースに反応して、あとはボールを見ようと」

 助走で一度止まった相手の動きに対してもつられなかった。1本前なら、先に動いてしまっていたかもしれない。経験豊富な西の動きを読み切り、自分の左側に飛んできたグラウンダーのシュートを左手で触った。ボールはポストに当たって前に転がっていった。

この光景を見ていた飯倉にも、止められそうな予感があったという。

「右に打つ感じがちょっと出ていたので、危ないな、と。ああやってパギ(朴一圭のニックネーム)が止めて、まあそうだよな、と思いましたね」

 一人ひとり気持ちをコントロールしていく後輩に対し、飯倉は一定していた。過去と現在が交差する不思議な感覚に身を任すしかなかった。いや、この感覚が自然な集中を生み出してもいた。

後輩の尻をポンと叩いた意味

 5本目の先攻は、松原健だった。

 飯倉はボールの置き方から視線、間合い、助走すべてを踏まえて「メンタルの駆け引きで上回れないと勝てないのがPK」という思考を持つ。

 キックの前の駆け引きで、落ち着き払った松原の所作に一切の迷いはなく「ああ、今回は健のほうが上手だ」と感じたという。

 逆方向に飛んでしまったが、しかしそのボールはゴールをとらえられない。

 どうした、何が起こっている!

 これで5人連続の失敗。

 朴と入れ替わる際に、飯倉は思わず後輩の尻をポンと叩いた。

 まるで「お前も頑張れ」と言わんばかりに。

 このシーンを本人にぶつけると、「無意識でしたね」と返ってきた。そしてこう言葉をつむぐ。

「逆に8、9本目までお互いに1本も止められないっていう経験はあったけど、こんなにみんなが連続して外すっていうのは経験がない。ちょっとおかしなことになってるぞっていう意味合いで、パギにそうやったとは思うんです。PKってバトルなのに、言葉はちょっと違うかもしれないけど、なんか練習でのPKみたいな感覚にもなってきたというか」

 後攻のヴィッセルが5本目で決めれば、勝利となる。

 今度は朴が立ちはだかる。助走の短い大崎玲央が蹴ったコースに反応し、ボールはまたも上へ。「止めてはないけど」朴も思わずガッツポーズを繰り出す。

 埼玉スタジアムにどよめきが消えない。

 6人連続失敗という超レアケースのPK戦は、ついにサドンデスへと突入した。

(後編に続く)