三ツ沢にマツ魂を響かせる、中村俊輔と松井大輔の新相棒。

ボランチで泥臭い役回りをこなす田代真一。J1昇格を狙う横浜FCで欠かせない存在に(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 ガツガツと、バチバチと。

 三浦知良、中村俊輔、松井大輔らビッグネームがそろうJ2の横浜FC。ここ14戦不敗中と自動昇格争いに食いこむなか、ボランチで泥臭い役回りを果たしているのがプロ13年目、31歳の田代真一である。

 対人に強く、空中戦に強く。ゴール前に運ばれるボールと人をとにかく食い止める、とにかくはじき返す。ディフェンスラインの前に立つ門番となって、ニラミを利かせている。

 元々はセンターバック。ボランチ経験があるとはいっても、本格的なコンバートは今季が初めてだ。2007年に横浜F・マリノスユースからトップ昇格したものの出場機会に乏しく、11年に当時JFLだった町田ゼルビアに移籍して以降多くのクラブを渡り歩いてきた苦労人でもある。

 パスの精度に課題はあっても、守備の貢献度がそれをカバーする。現役時代、柏レイソルでハードな守備を誇るボランチとして名を上げた下平隆宏監督が重用するのも、何となく理解できる。

 

 8月24日、ホームのニッパツ三ツ沢競技場で開催された鹿児島ユナイテッド戦。

 不思議な感じがした。

 彼の尊敬する松田直樹と、どこかだぶるのだ。センターバックからボランチにコンバートという流れも似ている。

 プレースタイルは違うものの、声を出し、指示を出し、ピッチにおけるいい意味での『うるさ型』になっているところなのかもしれない。田代のほうが松田よりやや細身だが、180センチを超える長身も、気迫を押し出すイケメンぶりも何となく。

 記者席で眺めながら、松田を語る若き日の田代のことを思い出した。彼が亡くなって1年が過ぎたとき、じっくりと話を聞いたことがある。

 07年から4シーズン、マリノスの大先輩から学ぼうとした。ついていこうとした。

「フィジカルがあって、技術もあるし、サッカーの賢さというか、マツさんは全部そろっていましたから。高校時代から自分が憧れてきた存在。周りの人を動かす力、1対1の駆け引き……学ぶことなんて全部。マツさん、(中澤)佑二さんを見て、そして聞いて、いろんなことを教わったんです」

 ひと味違う後輩だった。ピッチで松田から叱られても自分が間違っていないと思ったら反論する『モノ言う後輩』であった。

「言い返しても、結局それ以上にまた叱られるだけなんですけどね(笑)。でも黙って受け入れるよりは、ちゃんと思ったことを言ったほうがいいと考えて。マツさんって後を引きずらないし、逆にそういう自分を分かってくれていました」

 しかしながら田代は堅守のマリノスにおいてセンターバックの厚い層を打ち破れず、リーグ戦は4年間で5試合の出場にとどまった。松田、河合竜二、山瀬功治、坂田大輔、清水範久といったチームを支えた功労者が次々と契約非更新となってサポーターからの大きな反発を買うことになった2010年のオフシーズン、田代も町田への期限付き移籍でチームを離れた。

 松田がJ1でもJ2でもなく、当時JFLだった松本山雅への移籍を決断したことは田代にとって大きな衝撃だった。彼自身もJFLだった町田からオファーが届くと、プライベートでも親しかった松田に相談したという。

「『J1でやれ』とも言われましたけど、マツさんが(JFLに)いるからというのもあって町田でやらせていただくことになった」

 同じカテゴリーで戦う間柄となり、連絡も取り合っていた。J1に比べたら、環境は雲泥の差。「オレたちはこの環境でやるしかない」という松田の声はズシリと胸に響いた。

 2人はJFLで1度だけ直接対決している。

 11年5月に山雅のホームで行なわれ、町田は0―2で敗れた。松田はボランチでプレーしていたが、「レベルが違っていた」と田代は言った。

「相変わらずうまかったですね。周りの選手にはもっとマツさんに(当たりに)行ってほしかったんですけど、そうさせないだけのものがありました」

 2カ月後の再戦は、松田が累積警告による出場停止で直接対決は実現しなかった。だが田代は「町田まで試合を見に来てくださいよ」とお願いしていた。松田は田代に言われるまでもなく、山雅を応援するために行くことは決めていた。

 町田が3-1で勝利し、試合後は両チームともにスタジアムで解散となったことで自分の車に先輩を乗せて、古巣マリノスの試合を観戦した。車中、自分のプレーに対して何も言葉はなかった。ダメなときはハッキリ言うタイプ。良かったと思えたからこそ、松田は何も言わなかった。

 数日後、松田は練習中に急性心筋梗塞で倒れ、帰らぬ人となった。

 そのときの悲しみを、田代は苦しそうに胸から吐き出していた。

「信じられないですよ。どう考えたって嘘だって思いましたから……。町田での試合があった日に、マツさんから『お互い頑張ろうぜ』って『マリノスに戻れよ』って……」

 松田は田代に期待を寄せていた。

「アイツ、気持ちある(強い)ヤツだから、伸びなきゃいけないヤツだから」

 筆者が何度か本人の口から聞いた言葉だ。

 田代は13年、マリノスに復帰したが、出場機会を得られなかった。その後主にJ2を主戦場としてジェフユナイテッド千葉、モンテディオ山形、V・ファーレン長崎と渡り、昨シーズン途中に横浜FCから声が掛かった。

 マリノスでは活躍できなかった。だが同じ横浜の地に戻って存在感を見せていることに田代の意地を感じる。それも松田が愛した三ツ沢で。

 鹿児島戦後の取材エリアで、充実そうな表情をこちらに向けた。

「ボランチで使ってもらっているので、まずは守備のところで自分がやれるところをしっかりやっていこうと。一番、気をつけなきゃいけないところをなるべく消さなきゃいけないと考えながら。加えてゲームをコントロールする、ゲームを見るという力が必要になってくるので、凄くやり甲斐を感じていますね」

 ボランチの相棒が松井、中村というキャリア豊富なビッグネーム。そう水を向けると、彼は頷くようにして言葉を続ける。

「本当に最高の気分(笑)。若いときには考えられなかったことだったので。だからプレーしていても楽しいです。ただ、見本になる選手は2人だけじゃないし、このチームは多いので話を聞きながらボランチとして経験を積んでいかなきゃいけないとは思っています」

 言葉に力がこもる。

 松田がだぶる威圧感と迫力感は、彼が刻んできた苦労の結晶。

 体をぶつけ、食らいつき、はね返し、ニラミを利かせ、叱咤する。

 プレーでほえる、魂のボランチ。

 三ツ沢に響くその咆哮を聞け――。