マリノスがここ一番でバタつかなった理由。

5-2と打ち勝った仙台戦。落ち着き払ってプレーするGK飯倉の存在感が光っていた(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 沸点に到達することはなかった。

 残留争いの苦境に立たされれば、熱血漢で知られるゴールキーパーは周りを鼓舞するようにマグマをたぎらせると勝手に推測していた。現状を打破するために先頭に立って横浜F・マリノスの熱源となることを。

 負けたら、他チームの動向次第で降格圏に落ちる可能性もあった。しかし意外にも飯倉大樹はクールを貫いた。29日、ニッパツ三ツ沢球技場で行なわれたベガルタ仙台戦、彼は黙々と、淡々とゴールを守った。その意味とは何だったのか――。

「熱」よりも「冷」。

 前半アディショナルタイム、奥埜博亮のミドルシュートを弾いた後、すぐこぼれ球にアプローチした場面があった。守備の集中を切らさない。相手のオフサイドではあったものの、一連の動きに一切のよどみがなかった。表情を変えることもない。

 チームは5-2と圧勝してリーグ戦2連勝を飾り、暫定順位は11位まで上昇した。自動降格圏の17位チームとの勝ち点差を5に広げた。

 2失点の内訳はオウンゴールとPKによるもの。アタッカー陣の奮闘があった一方で、最後方の落ち着きぶりがチームの圧勝を呼び込んだように思えてならなかった。対するベガルタの守護神は日本代表に招集され、評価を高めている197cmのシュミット・ダニエル。しかしこの日は181cmの飯倉のほうがとにかく大きく見えた。

 元オーストラリア代表監督アンジェ・ポステコグルー監督を指揮官に迎えた今年のマリノスは伝統の「堅守型」から「超攻撃型」にフルモデルチェンジした。飯倉はハイプレス&ハイライン戦術の象徴的存在となり、ペナルティーエリアを飛び出して広大なスペースをケアしつつ、フィールドプレーヤーの役割もこなすようになった。1試合の走行距離は7kmを超え、ほかのゴールキーパーの1・5倍は走った。

 だが前に出ていくことは諸刃の剣になる。ぽっかり空いたゴールマウスにシュートを放り込まれたり、裏を突かれて簡単に失点してしまうことが続いた。これまでは失点数の少ないチームの上位にいたが、今年は多いほうで上位になった。逆に得点数は川崎フロンターレよりも上回って29日時点でトップに立っている。とはいえ打ち合いに持ち込んでも試合結果にはなかなか反映されず、順位が上がっていかないジレンマがつきまとった。

 飯倉自身も相当、悩んだはずである。

 得点が失点を上回れば、勝利を手にできるという理想は承知している。しかし得点が上回れない現実に直面するなか、チームとしても前半戦ほどの超ハイラインには設定せず、飯倉もリスクマネジメントを考えたポジション、プレーを選択するようになっていく。

「動」よりも「静」。

 敢えて冒してきたリスクを、なるべく抑える。これまでと真逆の「冷」と「静」をふんだんに用いて、マリノスの守備を建て直そうとした。

 飯倉はそれを「割り切り」と表現した。

「何よりも今一番必要なのは結果。ここ数試合、フィールドプレーヤーの役割はわりかし捨てています。つなぐことばかりに気を取られないで、ゴールを守る、勝負に徹するところにより心を落とし込んでいる。残留争いを抜け出すことができたら、やりたいことに対してまたチャレンジしていけばいい。

 いいプレーしても勝てなかったら、それは、いいプレーではなくなると思うんです。自分としては目立たなくてもいいから、勝利のために何ができるかということを大事にしていきたい」

 32歳、ここ最近のスタメンでは最年長者。中澤佑二、栗原勇蔵に続いて、マリノスでは3番目にキャリアの長いプレーヤーになる。

 己の振る舞いが、チームの「温度」を上げることにも下げることにもなる。

 彼はこう言葉を続けた。

「もちろん試合中、(味方に)ガンガン言うこともありますよ。でも気持ちとしては、1歩2歩引いて、どちらかと言うと受け身でいるように心掛けている感じですかね。逆にフィールドのみんなの落ち着きにつながっているのなら、それは別に悪くないのかなとは思う」

 元々、堅守の伝統を持つチーム。J発足時のオリジナル10で降格経験がないのは鹿島アントラーズとマリノスだけ。落ち着き払った飯倉のプレーは『バタつく必要などない』という強いメッセージを発していた。「超攻撃型」を目指しつつも、無理を通そうとはしない。迷うことが一番やってはいけないこと。「割り切り」にはその意味も含まれているような気がした。

 飯倉に話を聞いた後、クラブのレジェンドである松永成立ゴールキーパーコーチに取材エリアですれ違った。飯倉の落ち着きについて水を向けると、「非常にいいメンタルの状態でやれていると思いますよ」と応じた。

 マリノスが残留争いにはっきりと巻き込まれる形になったのが、16日ホームでの浦和レッズ戦。1-2で敗れ、自動降格圏17位との勝ち点差は2に縮まった。

 試合が終わればノーサイド。レッズの控えゴールキーパー榎本哲也が歩み寄って飯倉の肩をポンポンと叩いた。榎本はマリノス時代、飯倉とずっと正ゴールキーパーの座を争ってきた良き先輩であり、良きライバル。後で榎本にどんな会話を交わしたのか尋ねると、後輩に何か励ますような言葉を送ったわけではなかった。飯倉の表情を見て、必要ないと思ったのではないだろうか。

 残り6試合、大混戦のJ1残留争いは最後の最後までもつれそうな気配だ。マリノスだって1つ負けたら、またどうなるか分からない。しかし大事な局面でバタつくことなく勝利を収めた事実は、大きなアドバンテージ。飯倉大樹が発信する「割り切り」が、チームを前に向かわせている。