森保一は、なぜ青山敏弘にキャプテンを託したのか。

キャプテンとして新生日本代表を引っ張った青山敏弘。A代表の試合は3年半ぶりだった(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

「自分は何もできなかったですね。こんなもんです」

 青山敏弘は囲まれた記者団に向かって苦笑いを浮かべる。

 彼の場合、試合に勝っても『自分のプレーはあまり良くなくて、周りが助けてくれた』というニュアンスのコメントは多い。森保ジャパンの初陣となったコスタリカ戦の試合後でも、いつもの青山がいた。

 卑下するというよりは、自分に手厳しいだけ。そこにネガティブの香りがあるわけでもない。『また次、頑張ります』という感じで彼は取材エリアを離れていく――。

 ただ「何もできなかった」は己をディスりすぎだろう。

 試合の序盤は確かにキックミスがあって動き自体も硬かったとはいえ、時間の経過とともに解消されていったはず。狭いスペースに入って、相手のプレッシャーをかわしながらパスを正確に散らす作業を地道にこなしていた。守備でもバランスを見ながらポジショニングを取り、相手にニラミを利かせた。攻撃で輝きを放った中島翔哉、南野拓実ら若いタレントたちも随分と働きやすかったのではないだろうか。

「リズムは前の選手たちが勝手につくってくれたんで、後ろがどうかかわっていこうかなって思いながらやっていたんですけど、(前は)自分らで行けちゃうんで勝手にテンポが上がっていった。ボランチの横パスなんてほとんどなかったと思う。でもそれはそれでいいんです。やり切れちゃうんで、アイツらは」

 前の若い「アイツら」は好きなようにプレーしつつも、組織に対する意識が抜け落ちることはなかった。献身を第一義とする青山の背中が、彼らの意識を間違いなくチームに向けさせていたように思う。

 青山の腕に巻かれた赤いキャプテンマーク。

 サンフレッチェ広島時代からの恩師、森保一監督に託され、チームを束ねることになった。長谷部誠が代表引退を表明し、吉田麻也や長友佑都らロシアワールドカップメンバーの多くが呼ばれなかったことで青山キャプテンは「暫定的」だと受け止められている。

 しかし森保監督からは今回だけ任せるという言葉は出ていない。10日のコスタリカ戦前日会見では青山キャプテンに何を求めるかと聞かれ、このように答えている。

「まずは自分自身の力をピッチ上で示すというところ。そしてピッチ上で自分の力を100%発揮するためにピッチ外でどのような準備をするかというところ。キャプテンというよりも選手として、それが基準なんだってみんなが思うように行動してほしい。青山はもちろん自分に厳しいし、チーム、仲間のことを思いやった言動ができる選手。チームが次に進んでいけるような言動をしてほしい」

 今回限定なら、ここまで言うだろうか。「キャプテンというよりも選手として」というくだりはあるにせよ、ピッチ内外において100%で示してくれ、チームの基準になってくれ、と先を見据えて要求しているようにも聞こえる。

 青山はサンフレッチェで2014年からキャプテンを務めている。

 責任感が人一倍強いことは、他ならぬ森保が一番分かっている。

 監督就任1年目の2012年には「これ以上、頑張ろうとかみんなの思いを背負ってガチガチにプレーしなくていいから」と中心選手として背負い込もうとする青山にアドバイスを送ったこともある。重責を与えたら、全力でその意気に応えようとする。武骨で、誠実で、不器用な男であることも誰よりも理解している。

 全力は、反動も生み出す。

 思うようにいかないパフォーマンスにもがき、彼が背負いすぎたことは1度や2度ではない。チームが良かったら「みんなのおかげ」、悪かったら「自分のせい」。森保のもと3度リーグ制覇した一方で、昨年は残留争いに身を置いた。彼自身、コンディションが上がっていかない時期も続いた。

 しかしながらどんな困難が降りかかろうとも、彼は周りの力も借りながら突破してきた。周りと支え合い、励まし合って今の彼がある。残留争いから一転して今年のサンフレッチェは首位を走る。青山自体、32歳にして攻守に凄味を増している。

 サンフレッチェはタフで粘り強く、しぶとく泥臭く最後まで戦い抜く森保カラーを引き継いでいる。スター選手がいないサンフレッチェは、今も昔もそうやって勝ち星を積み上げてきた。

 青山は、その象徴。

 森保監督は3-0でコスタリカを下した夜、こう語っている。

「攻撃の選手が攻撃できたのは守備の選手が頑張ってつなげたというのがあってのこと。選手たちには自分の良さを最大限に発揮してほしいと伝えました。と同時に、周りと支え合ってつながり合ってプレーすることが自分の良さを出すことになるとも。実践してくれたのは、監督として幸いなこと」

 周りと支え合い、つながり合うサッカー。これは東京五輪監督、日本代表監督になっても変わらない森保サッカーの本質だと感じる。そこに全力をぶつけてきた青山をキャプテンに据えたのが、何よりのメッセージだと思えてならない。

 コスタリカ戦では代名詞の3-4-2-1を採用したわけではない。自分の戦術を落とし込むために青山が必要だったというよりもむしろアイデンティティーそのものを、彼を通じて落とし込みたいのが本質ではあるまいか。

 青山になおも100%を求め、青山は100%で応えようとする。

 全力の反動にも屈しない強さを持っていることを、森保は分かっている。

 青山キャプテンは言う。

「森保さんだから呼ばれているところは大きいと思うので、そこはしっかり自覚しなきゃいけない。自分ができることをすべてぶつけたいし、それが役割だと思う」

 キャプテンだからと言って先にあるチームづくりの絵や、4年後のカタールワールドカップで自分がピッチに立つ絵をきっと描いてはいない。

 森保一が描く理想のチームに少しでも近づくために1試合、1試合を100%で臨むだけ、100%で応えるだけ。それだけである。

 青山がこの日左腕に巻き付けたのは、燃えるような赤色のキャプテンマークであった。

 頼もしく、温かく。

 情熱、愛情、覚悟を示す、熱き血潮に見えた。