記憶に残る森保一の名采配。

2015年シーズンで3度目のリーグ優勝を達成。勝負強いチームをつくり上げた(写真:アフロスポーツ)

 実績が色褪せることはない。

 サンフレッチェ広島を、3度リーグ優勝に導いた森保一。毎年のように主力を引き抜かれながれも勝負強さを発揮して栄光をつかんできたその手腕は、「名将」と呼ぶにふさわしい。しかし今季は降格圏内を抜け出せない状況が続き、自ら辞任を申し出た。慰留を受けても、決意は揺るがなかったという。森保はクラブの公式サイトを通じてこうコメントを出している。

「プロは結果がすべての世界。皆さまに喜んでいただけるような結果を残すことができず、申し訳ありません。

 サンフレッチェに携わるすべての方々と3度の優勝で喜びを分かち合えたことはいい経験となりました。今は、皆さまへの感謝の想いしかありません。とても幸せな5年半でした」

 誠実なポイチさんは、感謝の言葉をつづって静かにチームを去った。

 記憶に残る名采配がある。

 2015年のJリーグチャンピオンシップ決勝。12、13年シーズンを2連覇した広島と14年にJリーグ、ヤマザキナビスコカップ、天皇杯と3冠を達成したガンバ大阪との一戦は、大いに注目を集めた。広島はアウェイの第1戦を3-2で勝利し、意気揚々とホームに戻ってきた。

 12月5日、エディオンスタジアム広島には3万6000人の観客が集い、肌寒い冷気と人々の熱気が交差していた。試合は前半27分に今野泰幸のゴールでガンバがリード。たとえこのまま0-1で敗れてもアウェイゴール数によって広島の優勝が決まる。とはいえ、流れがどっちに転がってもおかしくはなかった。

 後半が始まった。どちらが流れを引き寄せるか。10分が過ぎても、その綱引きは続いていた。筆者は記者席の最前列で試合を観ていた。ベンチが良く見えた。

 遠いほうに森保監督が、近いほうに長谷川健太監督の姿が確認できる。2人ともタッチライン際まで足を進めて指示を送ることもあれば、考え込むような仕草もある。監督ウォッチングをしていたまさにそのときに驚いたことがあった。

 森保監督がこちらを見ているのだ。目が合ったような錯覚に陥る。

 どうして記者席のほうに目をやるのか。

 頭にクエスチョンマークを浮かべていると、程なくしてその答えは分かった。スタンドを見ているわけじゃない。ガンバのベンチの動きを目に入れていたのだ。角度的に森保監督の立ち位置からガンバ側、記者席が一線上にあったというわけである。

 交代枠で先に動いたのは、ガンバだった。

 大森晃太郎に代えて倉田秋を投入すると、広島も同じタイミングで佐藤寿人からスーパーサブの浅野拓磨をここで投入している。

 偶然かと思いきや、2枚目のカードも同じタイミングだ。

 ガンバが長沢駿をパトリックに交代させると、すぐさま広島もミキッチを下げて柏好文をピッチに送り込んだ。もはや偶然とは思えなかった。

 もう1点取らなきゃならないのはガンバのほうだ。交代カードを使って流れを引き込もうとするガンバの狙いを、「同時交代」によって防いだように筆者には思えた。

 ガンバを率いる長谷川監督は熟練の指揮官であり、流れを引き寄せるのもうまい。ピッチには前年度MVPの遠藤保仁がタクトをふるう。交代枠をうまく使って自分たちの時間帯をつくれば一瞬にしてチャンスを生み出せる力がある。だが森保はそれをさせなかった。「勢いスイッチ」を押させないとともに、攻撃的なカードでゴールを奪えというメッセージを送った。

 結果的にこの決断は見事に当たった。

 柏のクロスに浅野が頭で合わせて同点に追いついた。交代した2人によってゴールがもたらされ、サンフレッチェは2年ぶりにリーグを制した。

 後日、2016年の新シーズンに向けて宮崎キャンプを取材した際、この采配のことを直接ぶつけてみた。

 相手の勢いを吸収しようと考えて、同時交代に踏み切ったんじゃないか。そう見解を述べると指揮官は真っ直ぐにこちらを見て、言った。

「そのとき(最初の交代時)たまたま見たのかもしれないですけど、健太さんが勝負を決めに来ているなっていうのは伝わってきました。守りに入ることなく我々も攻撃のギアを上げて1点取りに行く姿勢を見せないと、逆にもう1点取られてしまうと思いました。相手を見ながらというのは意識していません。ですけど(交代の)タイミングは計っていました。ほんの1分か2分違うそのタイミングが大きく勝敗を分けますから。自分たちが先に動くこともありますけど、あの試合であれば我々のほうがリードしていたんで、相手の動きを見て吸収するっていうことは考えていたと思いますね」

 もし1分、2分タイミングを遅らせていたらまた違った展開になっていたかもしれない。吸収のみならず逆に点を奪うために勝負勘を働かせて「同時」を選んだのであった。

 これは長谷川監督にも聞いておきたいと思い、話を伺うことにした。ガンバはチャンピオンシップで勝てなかったものの、天皇杯準決勝でサンフレッチェにリベンジを果たしたうえで優勝している。

「まあ、負けていたら状況を打開するために先に動かざるを得ないですからね。お互いのチームのストロングポイント、ウイークポイントも分かっていて、そのうえで駆け引きがある。森保もいろいろと考えて戦ってきますから、(やっていて)楽しいですよ」

 いいライバルがいるからこそ、いい戦いになる。細かな駆け引きが勝敗を左右する。

 いつかまた「森保VS長谷川」の対決を見たいと切に思う。ポイチさんの辞任を残念がっているのは、他ならぬケンタさんなのかもしれない。