具志堅まであと1。山中慎介が防衛回数に興味を示さない理由。

夏に13度目の防衛戦を予定する山中慎介。勝てば具志堅用高の持つ最多防衛記録に並ぶ(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

記録よりも記憶。

スポーツの世界でよく用いられている言葉である。記録は残せないとしても、人々の記憶に残る活躍をしたアスリートへの賛辞。しかしできることなら、記録にも記憶にも残りたいと選手なら願うはずだ。

プロボクシングにおいて、記録も記憶もつかみ取ろうとしているボクサーがいる。

WBC世界バンタム級チャンピオン、山中慎介34歳――。

現在日本人歴代2位となる12回の世界王座防衛を誇り、今年8月にも予定される防衛戦でベルトを守れば具志堅用高の持つ最多記録に並ぶ。

山中は細々と防衛を積み重ねてきたわけじゃない。

世界戦でダウンを奪えなかったのは初防衛で対戦した元2階級制覇王者ビック・ダルチニアンと9度目の元WBA世界バンタム級スーパー王者アンセルモ・モレノのみ。モレノとはリマッチで計4度のダウンを奪って完全決着をつけている。3月に行なわれた直近のカルロス・カールソン戦も5度倒して、7回TKO勝ちを収めた。王座決定戦を含めてここまで世界戦で奪ったダウンの数は30。「神の左」と称される左ストレートは、ファンの記憶にも鋭く突き刺している。

しかしながら当の山中は、まったくと言っていいほど防衛回数に興味を示さない。

「回数のことを聞かれても、いつも同じ答えになってしまうんですよ。自分は1試合、1試合を勝ち切ることしか考えていないんで。本当にそれだけなんで」

1試合1試合を勝ち切る。目の前にある試合だけに意識を向ける。防衛回数はその成果として後からついてくるもの、といった認識だ。

5月28日、東京・錦糸町の東武ホテルレバント東京で山中慎介東京後援会による「V12祝勝会」が開催された。俳優の岩城滉一、歌手の持田香織、お笑いタレントの南部虎弾、猫ひろし、女子レスリングの吉田沙保里、登坂絵莉ら約650人が出席した。山中を継続的に追いかけてきた筆者にとっては初めての祝勝会取材であったが、大きな宴会場は人で埋めつくされていた。山中を応援する人々の熱気がこもっていた。

答えの真意が、分かったような気がした。

チャンピオンが丁寧にテーブルを一つひとつ回ってあいさつをしていくと、「具志堅さんの記録を抜いてくれ!」との声も上がった。長谷川穂積からビデオメッセージが届くなど場は大いに盛り上がった。

2週間前には故郷の滋賀に凱旋して、地元の後援会本部による「V12祝勝会」も行なわれている。出席者は約700人だという。一人で1350人の「後援者」を集められるボクサーなどなかなかいないだろう。

山中によれば東京後援会の祝勝会はV1時で「150人くらい」。記録と記憶を重ねることで、応援の輪も広がっている。後援会のみならず、山中ファンは試合を重ねるたびに増えている。

カールソンとの戦いを終え、控え室でこう語っていたのを思い出した。

「プレッシャーは毎回感じています。でもそれがなければやっている意味がないですから。でも記録が懸かってというプレッシャーじゃないですよ。毎試合、期待に応えようとするそのプレッシャー。それが自分を強くさせているんだと思うんです」

「勝てばOK」ではない。己のボクシング観から来る美意識の欲求ではなく、1試合1試合、「期待のプレッシャー」に打ち勝ち、応援してくれる人に喜んでもらいたいという欲求。カールソンに対しては打ち気を逆手に取られて、不用意にパンチをもらう場面があった。ダウンを取って明確なダメージを与えているのだから、ジワジワと追い込んだっていい。だが、安全策よりも勝負に出てで逆襲を受ける形になった。

攻め急いだわけではない。もう一段上の勝ち方を目指して、成長を示したいという欲求。うまくいかないのなら、ともう一度右ジャブから相手をコントロールする軌道修正に出て、左ストレートで終わらせた。

いかなる状況でも自分を見失うことなく、強い自分を引き出して勝利に持っていく。

試合会場の両国国技館がドッと沸いた。プレッシャーに打ち勝った瞬間だった。また一つ、強くなった瞬間だった。

山中は言う。

「自分としては具志堅さんの記録に並ぶことに王手をかけるとか、気にしてはいません。ただ応援してくれる人や周りが(記録のことで)盛り上がってくれたり、楽しんでもらえればいい。結局は試合内容がすべてじゃないですか。勝ちだけじゃなくて周りの人が期待を膨らませてくれるのか、それとも逆に『そろそろ危ないぞ』って思われてしまうのか、次のことは自分でしか切り拓くことはできないので。そのために目の前にある試合にだけ意識を向けて一生懸命やるしかないと思うんです」

応援してくれる人が次回にも期待を持ってもらえる試合内容にする。1試合、1試合積み上げてきて今の山中がある。

「ボクサーなら誰もが、倒し倒されの試合をやるんじゃなく、一方的に勝ちたいと思うのが当たり前。そうなるのが一番いいとは思います」

期待というプレッシャーの膨らみこそが、己を強くする栄養素となる。 

13度目の防衛戦の相手は、ランキング1位のルイス・ネリーが予定されている。22歳のメキシカンは23勝17KO無敗を誇るホープだ。山中も「もともと対戦を希望していた選手」と語っており、強敵との一戦を心待ちにしている。

熱気ムンムンの宴会場が、山中の士気を高めていた。

記録も、記憶も。

防衛回数ではなく、応えたいという思いが先にある。期待とプレッシャーが、強さの源にある。