いぶし銀のベテランGKが挑む防御率「ゼロ点台」の偉業。

横浜のGK榎本哲也はA代表歴こそないが、守備範囲が広く、高い評価を得ている(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

サッカーの世界にも「防御率」がある。

簡単に言えば、ゴールキーパー(GK)の1試合における平均失点数。Jリーグの公式記録によると出場時間5400分以上で0点台を記録しているのはヴァンズワム(2000~2003年、ジュビロ磐田 防御率0.89)のみである。その難しい「夢のゼロ点台」に、今一人のベテランGKが挑もうとしている。

横浜F・マリノスの背番号1、榎本哲也33歳――。

GKとしては小柄な180センチだが、反射神経に優れ、守備範囲が広い。下部組織から横浜一筋で歩んできた。

2016年シーズンは控えGKとしてスタートし、正GKを務めていた飯倉大樹が5月14日の鹿島アントラーズ戦で負傷したため後半から出場。以降、スタメンの座を勝ち取って7月30日の名古屋グランパス戦は失点ゼロに抑えている。この時点でJ1出場227試合(出場時間20217分)226失点となり、通算防御率は「1.006」まで上昇した。現役GKではトップの数字をキープしている。

8月3日、練習グラウンドのある新横浜は暑い一日を迎えていた。

炎天下のグラウンドで練習を終えた後、汗をひっきりなしに拭う彼に防御率の話を振ると、ちょっと難しい顔をつくった。

「マリノスは守備が伝統と言われてきて、マツさん(松田直樹)、ボンバー(中澤佑二)、ユウゾウ(栗原勇蔵)、ファビオたち個の能力の高いディフェンダーがチームにいてくれるおかげ。だから防御率は自分だけの記録じゃないし、そこはあんまり頭に入れないようにしているかな。ヒロキ(飯倉)も防御率いいわけだし、ディフェンスのみんなが頑張ってインターセプトやシュートブロックしてくれているから。俺の場合、防御率というよりも毎試合ゼロに抑えることを意識している。でもゼロ点代に近づいているなら、嬉しいですけどね」

自分だけの記録じゃないから――。彼は頷くように、もう一度言葉を繰り返した。

黒子的な存在という立場を崩さない。GKが守備を主導するのではなく、あくまで「最後の砦」という意識である。

今季も中澤を中心とする個の能力の高いディフェンス陣と連係して抑えてきたなかで、榎本が主役となった試合もある。それが7月23日のジュビロ磐田戦(ホーム)だった。

3度ほどあった好セーブのうちマリノスらしさと榎本らしさが出たのが、1-1で迎えた後半42分のプレーだろうか。マリノスの左サイド深くからマイナスにパスを出され、ゴール前に入ってきたアダイウトンがシュート体勢に入る。ここでセンターバックの中澤とファビオは正面のコースだけ空けてアプローチし、アダイウトンがシュートを放つ。そのコース上にポジションを取っていた榎本が強烈な一撃をしっかり防いだという流れだ。

打たれないに越したことはないが、打たれるならコースを限定して打たせる。ディフェンス陣のポジションを見て、意図を感じて、己のポジションを取る。いつもどおりのことをいつもどおりにやったに過ぎない。

「シュートする人、ディフェンスの位置を見ながら(ポジションを)決めて、あのときのシュートもここになら打ってくれていいというコースだった。ディフェンスの股下から打たれたりすると逆に難しい。コースを限定してくれて、こっちが対応しやすくしてくれた」

味方に合わせるGKのやり方は、マリノスの伝統だという。

「まあマツさんが俺に合わせろという人だったからね。だからこっちも味方の能力を信じて余計なことはしないし、合わせるクセがついちゃった。ボンバー、ユウゾウ、ファビオは手を抜かないし、マツさんより合わせやすいよ(笑)。今で言えばずっとやってきて、ボンバーは本当に凄いと思う。空中戦は負けないし、威圧感みたいなものを感じる」

信じているからこそ、信じられているからこそ。

無理に突っ込むこともなく、任せてしまうのが基本。培ってきた信頼関係が、堅守の伝統を築いてきた。

榎本は復活の人である。

2005年以降、正GKの座を獲得しながらもユースの後輩である飯倉の台頭に伴い、09年から出場機会を減らしていく。10年、11年はリーグ戦で1試合も出番が訪れなかった。

「精神的にきつかった。この状況をどう変えていけば分からないから、練習をむちゃくちゃやるしかない。でもやりすぎて、次の日の練習がよくなかったりする。日々、相当なパワーが必要だった」

それでもいつ出番が来てもいいようにと準備することを怠らなかった。

チャンスは巡ってくる。12年9月の鹿島アントラーズ戦で2年10カ月ぶりに出場を果たすと、レギュラーを取り戻していく。チームが優勝を争った13年は、5シーズンぶりに30試合以上の出場をマークしたのだった。

今なお飯倉とのライバル争いは続いている。昨季途中からは再び控えに回るようになる。だが以前とは違う感情を持つようになった。

「追い込みすぎず、気持ちを楽にしてやっていこうと。年齢の問題もあるし、ひょっとしたらマリノス最後の年になるかもしれないなって、それぐらいの気持ち。だったら楽しんでというかね、試合に出なくてもマリノスの一員として今年をやり切ろうと思った」

すると5月の鹿島戦で後半から途中出場し、無失点に抑える。この試合を境に、彼は再びゴールマウスの前に立つようになる。さらに安定感を増して戻ってきた。

「公式戦で後半から出場するのは初めて。でも『あれっ?こんなに緊張しないもんだっけ』って思ったほど、力みも気負いもなくやれた。俺の場合『何とかしてやろう』『絶対に止めてやろう』とかそういう気持ちを持つと、大体良くない結果に終わっているなってやっと気づいた。欲を出しちゃいけないんだなって」

話は榎本が慕った松田直樹に及んだ。

出番がなかった2010年、いつも自分のことを気に掛けてくれていた。「お前の頑張りが足りない」とケツを叩いてくれた。

5年前、34歳の若さで亡くなった先輩の命日を翌日に控え、彼は遠い目をして言った。

「マツさんは俺のプレーが良かったら、必ずほめてくれたからね。『お前、スーパーだよ』とか『止めてくれてマジ助かったわ』とか『能力たけえな』とか。あのマツさんがほめてくれるんだから、そりゃあうれしかったよ」

後輩のプレーを、彼は天国からどう見ているのだろうか。きっと褒めていると思う。やっぱりマリノスにとって欠かせないキーパーだな、と。

力みもなく、気負いもなく、欲もなく。

防御率ゼロ点台は、もう間もなくである。