42歳『ボートの鉄人』、東京五輪に挑む。

現在42歳の武田大作。日本ボート界をけん引する存在に変わりない(カメラ・高須力)

今夏のリオデジャネイロ五輪に向けて、実はある記録が懸かっていた。

「夏季五輪の日本人最多出場記録」。

これまで谷亮子(柔道)、山本博(アーチェリー)、杉谷泰造(馬術)が最多となる5大会出場を果たしている。

そしてもう一人、ボートの武田大作がいる。現在42歳。

1996年のアトランタ五輪から2012年のロンドン五輪まで5大会連続出場。シドニー五輪、アテネ五輪では軽量級ダブルスカルで決勝レースに駒を進め、日本史上最高位の6位入賞を果たすなど日本ボート界の第一人者である。

「代表はもういいかもしれない」とは一度聞かされていたものの、その後に正式な表明はなかった。2014年の全日本選手権男子シングルスカルでは優勝を果たし、鉄人は史上最多の「6大会」に挑むものだと思い込んでいた。だが、リオ五輪の代表選考レースに彼が名乗りを挙げることはなかった。昨年の全日本選手権は、ケガによって準決勝で途中棄権している。

さすがの武田にも「代表引退」どころか「現役引退」の時期が迫っているのだろうか。地元愛媛のダイキで活動を続け、「県ボート協会強化部長」の肩書を持つ彼が2月、埼玉・戸田に日本ボート協会のタレント育成合宿を視察すると聞きつけ、直接会いに行った。

寒い空気が肌を突き刺す朝の戸田ボートコース。

水の上を走らせる音が観客席に近づいてくると、にらみつけるような厳しい眼差しで若い漕ぎ手を追っていた。

一艇、また一艇。近づくボートと筆者の言葉に対して、交互に意識を向けながらここ1年のことを語ってくれた。指導役をこなす一方で、来年に控える地元の愛媛国体に向けて意欲的な言葉が並んだ。現役に対する思いに、変わりはなかった。

では何故、リオ出場にチャレンジしなかったのか。

率直な疑問をぶつけると彼はボートをにらむ目を、こちらに向けた。

「リオのことはちょっと考えましたよ。いや、出たいと言えば出たかった。五輪での僕の目標は世界のトップを取ること。じゃあトップを取るためには何をやるべきかという道すじがこれまではある程度は見えていたんです。

でも……。僕は20代のときより今の方が強いと思っています。しかし世界はさらに強くなっていて、自分が追いついているとは感じられなかった。トップを取る自信がありますか?と聞かれたら、『はい』と答えられない自分がいました。だから自分で悩んでいるときに五輪を狙っちゃダメだなと、そう思いました」

代表引退。

その四文字が脳裏によぎった筆者の表情を察してか、彼は「でも今後もう代表を狙わないとか、そういうことではないんです」と言った。

ロンドン五輪を最後に、真剣に代表引退を考えていたことは間違いなかった。五輪で勝つために、彼はボートをやっているわけではない。人艇一体となって自分で納得できるレースができるかどうか。「人との競漕である以上に、追究するのが一番の楽しさ」に何よりのこだわりを持っているからである。

そこでまた別の疑問が膨らんでくる。

夏季6大会連続出場が叶わなくなったにもかかわらず、代表への思いを捨てていないのは一体何故なのか――。

「2020年の東京五輪に出てみたいっていう気持ちが僕のなかにあるんです」

驚く筆者の顔を見て、反射的に武田は笑った。

4年後となれば武田は46歳。かなりの体力が求められるボート界では世界を見渡しても40代の選手は少数派。「年齢で僕の前後の選手は、ロンドン五輪を終えて引退に踏み切った選手は多い」と彼は言う。

世界でトップを取るというなら、その距離が再び近づくとも考えにくい。それなのに、どうして。

「4年後に世界で勝つのは難しいなっていう気はしていますよ。でもせっかく東京で行なわれる五輪に出たくないのかって聞かれたら、やっぱり出たいですね。それと……」

それと? 筆者が繰り返すと彼は一気に言葉を進めていく。

「年齢を重ねれば(競技力が)落ちていくと考えられていますよね。でも実際、本当にそれって正しいんだろうかって僕は思うんですよ。

体が老化していくのは事実。ただ、筋力を維持に近い状態で保てると思うし、今も体力レベルで落ちたわけじゃない。技術や経験もある。やり方次第で力を出せると思うんです。問題は回復力。たとえば1週間で回復できていたものが、2週間、3週間先になってきた。それを見越したうえでターゲットに合わせていけばいいんじゃないか、と。今やれば負けるかもしれないけど、何カ月後の大会に照準を合わせてというなら勝てるぞってなると思うので。

僕が大切にしているのは体力もそうですけど、あとはメンタル。そういうときってまず『もう無理かな』とメンタルがまずやられますから。東京を目標の一つにすることで、練習していてもモチベーションになっています。この先も自分を高めていくとどうなるか。伸びるときって若い人を見ていても思いますけど、頭のなかの発想が新鮮だったり、いろいろと新しい発見があって柔軟に考えられたりするからだと思う。40歳を過ぎても、自分のなかでそこは全然変わってないんです」

コースに目を移せば、また一艇、武田の視界に近づいてきた。

若い漕ぎ手を指導者目線で見つつも、新たな発見を探そうとする競技者目線でも追っているのだろう。

4年後の2020年、武田の長男は社会人になっている年齢になるという。

46歳になった自分を想像してもらうと「我が子とレースしているようなもんですね」と今度は豪快に笑った。

そして最後の疑問を、ぶつけてみた。

いずれ来る引退の時期を、どう考えているのか?

武田は、視界から消えていくボートを眺めながら言った。

「どうなんですかね。僕は、ボートのことを考えるだけで楽しいので……。キャリアを積んできたことで、水の感じや風の感じも若いときに分からなかったことがより分かってきた。指導はやりつつも、僕はサッカーのカズさんと一緒でずっと選手でいられたらっていうのはありますよ」

強い眼差しは野心の類ではなく、純朴と情熱を宿していた。

史上最多の夏季6大会出場を目指して――。それは常識を覆すための、大きな挑戦になる。