新たな出発、亀田3兄弟の絆

興毅の試合に、3兄弟そろって入場したシーン。彼らはいつも一心同体であった(写真:アフロ)

日本ボクシング界を何かと騒がしてきた亀田3兄弟。

2015年、彼らは人生の大きな転機を迎えた。

長男・興毅は10月米国でWBA世界スーパーフライ級王者の河野公平に判定で敗れ、現役引退を表明。今後は実業家に転身するという。11月には第3子が誕生した。29歳。

次男・大毅は網膜剥離のため、11月に引退を表明。秋には14年に入籍した妻とニューヨークで結婚式を挙げている。引退後は「旅人」などと本人は語っているようだ。1月6日に誕生日を迎えた。27歳。

三男・和毅は9月、米国でWBO世界バンタム級王座の奪還に失敗。翌月には元アマチュアボクサーのメキシコ人女性と長年の恋を実らせて結婚し、再び世界王者となることを誓っている。24歳。

長男、次男がグローブを壁に吊るし、三男は海外を拠点に王座再奪取を目指す。プライベートでも子供の誕生、結婚式とそれぞれがそれぞれの道を歩み出している。

もう15年も前になる。

00年12月、当時スポーツ新聞のボクシング担当記者をしていた筆者は「新世紀のアスリートたち」と題した正月版用の企画取材で、初めて彼らに会った。

興毅14歳、大毅11歳、和毅9歳。

関西の名門グリーンツダジムを訪れると、眉間に皺を寄せていぶかしそうに部外者を睨んでくる練習中の興毅がいた。兄弟3人を指導する父・史朗が「これから何日間か取材してくれる人や」と言うと、アゴをあげたままで「コンチワ」とぶっきらぼうに顔をこちらに向けた。

小学生だった大毅も和毅も、同じ目をしていた。

でも嫌な感じはまったくしなかった。自己流で熱心に教え込む父親の要求に応えようと歯を食いしばって親父の持つミットをしばいていた。子もまた熱心だったからだ。

最初はぶっきらぼうだった3兄弟も、ボクシングの話になれば次第に言葉の数が増えていった。好きなボクサーを尋ねると、オスカー・デラホーヤにフェルナンド・バルガスと口々に言った。解説者顔負けの知識を披露してくれた。

将来の夢は?

このとき弟2人が「お兄ちゃん」と呼ぶ長男と初めて目が合ったことを覚えている。

「決まってるやん。俺が5階級制覇をやって、兄弟3人で世界チャンピオンになることや」

自分が14歳で弟がまだ小学生ともなると兄弟セットで扱われることを嫌がるんじゃないかと思っていたが、彼は違った。それがとても印象的だった。

「大毅は強くなると思うで。和毅は一番才能があるしな」

自分よりも先に弟の特徴を先に口にする、眼光鋭い「お兄ちゃん」がそこにはいた。

後日、写真撮影をするため亀田一家には休日を利用して大阪から東京に出てきてもらった。その御礼に新聞社が用意したディズニーランドのチケットをプレゼントすると、彼らからも御礼を言われた。興毅少年は別れ際にもう一度「ありがとな」と照れくさそうな表情をこちらに向けた。

3兄弟の絆――。

月日が流れ、彼らはプロボクサーになった。世間の人気者になり、ダーティーなイメージがついて嫌われ者にもなった。だが彼らは何があってもいつも3人、一緒だった。

07年10月、大毅がWBC世界フライ級王者の内藤大助に挑戦して0-3判定で敗れた。反則行為や陣営からの反則指示が明るみになってバッシングは最高潮に達した。セコンドで指示を出していた興毅は後日一家を代表して会見を行ない、騒動を謝罪している。

「亀田家」と「トラブル」はセットになった。父はセコンドライセンスの無期限停止処分を受けた。3兄弟は結束を固め、興毅は2010年にWBC世界フライ級王座を獲得し、大毅もまたWBA世界フライ級王座を奪取した。和毅もメキシコでWBCユースインターコンチネンタル王者となった。

この頃、興毅にインタビューをする機会があった。

彼らの仲の良さを表すこんなエピソードがある。

鳥取で強化キャンプを行なった際に後援会の配慮で3人別々にホテルの部屋が用意されていたのだが、彼らはそれを断って一つの部屋を使ったという。

「だって3部屋ももったいないやん。別に3人一緒で構いませんよ、と。ツインのベッドがあったんで大毅と和毅がそこで寝て、俺はソファーで寝て……。あんときも、いろんな話をしたな。今は(兄弟と)別々に住んでるから、そういうときは喋りたいし、喋ってたらすぐに時間経つし、いつの間にか寝てるやんって感じやった。ひょっとしたら兄弟が何で一緒におるの? キモチワルッと思う人もおるかもしれへんけど、でも俺らは仲ええから普通のこと。オヤジにも『親は先に死ぬんやから、兄弟は仲良くせえよ、助け合えよ』ってずっと言われてきたしな。

ボクシングで言えば、兄弟のなかで大毅が一番、才能があるんちゃうかな。昔は覚えるのが一番遅かったのに、今はどんなスタイルでも器用にこなせるから。ただ練習が物足りん。和毅はその点、兄弟で飛び抜けて真面目やな。そこまでやらんでも、というぐらいやる。だから絶対に強くなる。大毅はそこまでやってない。アイツがもっと真剣にやったらもっと強くなると思う。俺もアイツらには負けられへん」

兄弟であり、同志、仲間であり、そしてライバル――。

トラブルは続き、その後彼らは日本国内での試合ができなくなった。しかし何があろうとも彼らの結束が揺らぐことはなかった。

時期的に長男と次男の引退が重なり、次男と三男の結婚式が重なったのも、何か偶然ではないように思えてくる。

2016年、彼らは新しいスタートを切ろうとしている。

3兄弟の絆を大切に、それぞれの道を歩んでいく。