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現代の野菜は昔に比べて栄養価が低いって本当?

成田崇信管理栄養士、健康科学修士
(写真:アフロ)

 現代の野菜は、昔の野菜に比べて栄養価が低下してしまっている、という話を聞いたことはあるでしょうか? 

 昔の成分表と現在の値を比較して、こんなに栄養価が低下してしまっている、だから今の野菜を食べても十分に栄養はとれません・・・というものです。

 私がこの話を知ったのは、当時愛読していたマンガ「美味しんぼ」の30年ぐらい前に掲載されていたエピソードでしたので、ずいぶんと昔からある噂話といえるでしょう。

 美味しんぼのエピソードなどで語られているように、本当に野菜の栄養価は低下しているのかを検証してみます。

■野菜の栄養価が激減?

小学館刊 花咲アキラ、雁屋哲 著 美味しんぼ 22巻「食品成分表の怪」p19-21より引用および抜粋

山岡「この標準成分表を見ていくと、1950年から1982年までに、日本になにが起こったかがよくわかるんだ。」

山岡「初版の26頁にあるホウレンソウを見てもらいたい……」

山岡「100g中150mgのビタミンCがあると表示されている。」

山岡「では1982年版(4訂)のビタミンCの数値を見て。」

警察官「な…なんだこれは! 100g中65mg!? 150mgから65mgに激減しているじゃないか!」

(ホウレンソウの鉄が初版の13mgが4訂では 3.7mg になっていることに対し)

 

栗田「ひどい3分の1以下じゃないの-!」

(ニンジンのビタミンAは13500IUから4100IUになっているなど、登場人物たちは驚愕をする描写が挿入される)

山岡「こうなった理由ははっきりしている。農薬、除草剤の多用だ。」

 

 当時の成分表は4訂版ですが、現在は7訂版が用いられています。成分表の沿革は下の表を参照して下さい。

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日本食品標準成分表2015年版(七訂)追補2018年p3より

■本当に激減しているの?

 

 食品成分表に記載されている数値が実際に減少しているため、野菜の栄養価が下がっているという主張は正しいように見えますが、これは食品成分表の性格(利用するために知っておきたい知識)を理解していなかったことによる誤解にすぎません。(当時の私は本当に野菜の栄養価が下がっていると信じていました)

 これは初版や改訂版の日本標準食品成分表にもキチンと書かれております。

日本食品標準成分表 p11より

 (1)食品成分の分析値は、この分析表を短日月のうちに完成させねばならぬ関係上特別のものを除いては、大体既存のものから選定した。従つて個々の分析方法は必ずしも一定ではない。

改訂 日本食品標準成分表 序より

 新しいビタミンの発見や分析方法の進歩などによって新補再検討の必要にせまられたのである。

 実際に変動幅の大きい鉄の成分値を比較してみると何かおかしいことと気がつけます。

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 初版から4年で改訂版が公表されていますが、ゴマの鉄は1/5以下の値になっており、栽培方法や環境の変化とは考えられないでしょう。農産物以外も軒並み鉄の値は激減していることからも、農産物に含まれる鉄が減少したのではなく、分析精度の向上により実際に近い成分値が示されるようになったと考えられます。

 次に鉄とならんで比較されることの多いビタミンAの減少についての誤解です。

 初版や改訂版のビタミンAの単位は「I.U.」となっておりますが、これは国際単位の意味で、ビタミンAの場合はレチノールという物質0.3μgが1単位と決められています。4訂の成分表までは国際単位で示されていたビタミンAは5訂よりレチノール活性当量で示されるように変更されたのですが、単純に数字だけを比較し、人参のAは13500から720に激減したと書いている例がありました。一般の方はこうした単位にあまり馴染みがないためのこのような誤解が生まれるのかも知れません。

 また、ビタミンAは単位の変化だけでなく、A効力の分析値の取り扱いについても版により異なる※1ため、単純な比較ができないという難しさがあります。人参を例に換算表をつくってみました。

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 換算値を見る限り、人参のビタミンAについては減少していないことがわかります。

 

 分析技術の向上だけでなく、単位の変化や体内での利用効率の見直しなどで記載値が変化することを考えれば、成分表を用いた栄養成分の比較に意味がないどころか、誤った理解を導く危険もあるでしょう。

 

 

本食品標準成分表2015年版(七訂)p3より

 食品成分表の策定に当たっては、初版から今回改訂に至るまでのそれぞれの時点において最適な分析方法を用いている。したがって、この間の技術の進歩等により、分析方法等に違いがある。

<中略>

このため、食品名が同一であっても、各版の間における成分値の比較は適当ではないことがある。

 そもそも、成分表自体に、各版の比較は適当ではありませんよと、注意書きがされており、成分表の数値を根拠に、野菜の栄養が減少していると論じることに意味はないのです。

■今回のまとめと結論

・野菜の栄養価が下がっているという根拠はない

・そもそも過去の成分表と成分値の比較をしても意味がない

・栄養価を理由に無農薬野菜を選んだりサプリメントを購入する必要はない

 美味しんぼでは昔は使用されていなかった農薬、除草剤を多用が問題と指摘していますが、有機農法と通常栽培された野菜の栄養価について過去50年間に発表された論文を系統的にレビューをした結果、両者の栄養価には明確な差がなかった、という報告※2もあります。現代の野菜は栄養が乏しいという話は眉唾だといってしまって良いでしょう。

※1 ビタミンAであるレチノールと比べ、野菜のβ-カロテンは体内で利用される効率が低いが、初版と改訂の分析値は利用効率を考慮しない値が示されている。3訂から5訂では体内への吸収率は1/3、2010から7訂は1/6としている。同じβ-カロテンでも油容化されたものは生体内での吸収がよい。また、β-カロテンの体内での変換効率は1/2とされており、β-カロテン12μgがレチノール1μgに相当する。(大変ややこしい)

※2 1958年から2008年までに発表された論文を系統的にレビューした報告。

Dangour AD, Dodhia SK, Hayter A, Allen E, Lock K, Uauy R.Nutritional quality of organic foods: a systematic review.Am J Clin Nutr. 2009 Sep;90(3):680-5.

管理栄養士、健康科学修士

管理栄養士、健康科学修士。病院、短期大学などを経て、現在は社会福祉法人に勤務。ペンネーム・道良寧子(みちよしねこ)名義で、主にインターネット上で「食と健康」に関する啓もう活動を行っている。猫派。著書:新装版管理栄養士パパの親子の食育BOOK (内外出版社)3月15日発売、共著:謎解き超科学(彩図社)、監修:すごいぞやさいーズ(オレンジページ)

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