6月に一部改正された食生活指針の気になるところ

(写真:アフロ)

「食生活指針」という言葉をご存じでしょうか。私たちが健康で長生きするためには、どのような食生活ををすると良いのかを一般の方にもわかるように要点を箇条書きに示したものです。食生活指針には食育、農林政策、健康など複数の分野にまたがるため、文部科学省、厚生労働省、農林水産省の3省が策定に関わっています。

食生活指針という名前は知らなくても、1日30品目を摂りましょうというフレーズは知っているという人はいるかも知れません。これは1985年に策定された「健康作りのための食生活指針」の一つ目「多様な食品で栄養バランスを」という項目の目標です。新しい食生活指針にはの項目はありませんが、実は2000年の改正で既になくなっているこたことは案外知られていないようです。

この30品目というのはあくまで多様な食品で偏りの少ない食生活にしましょうという趣旨の言葉ですが、本当に30品目を目指してしまうと食べ過ぎが懸念されることや、調味料を増やして30品目達成すれば良いの?など数字が一人歩きすることもあり役目を終えて姿を消したのでしょう。

16年ぶりの改正は今までの食生活指針をベースに、今の日本の食生活や新しい食事摂取基準、食育基本法などを反映させたもので、マイナーチェンジといったおもむきのものでした。

しかし、少ない改正点の中には食生活指針本来の目的である健康増進に結びつかないのでは?という項目があるように感じます。管理栄養士として意見表明をしておきたいと思い今回記事を書かせて頂きましたので、やや専門的で長い文章になっておりますがご了承下さい。

■食生活指針

では、新しい食生活指針と改訂前を比べてみましょう。変更のある項目は変更前を・の見出しで、変更後を→番号で示してます。

1.食事を楽しみましょう。

2.1日の食事のリズムから、健やかな生活リズムを。

・適正体重を知り、日々の活動に見合った食事量を。

3.適度な運動とバランスのよい食事で、適正体重の維持を。

4.主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを。

5.ごはんなどの穀物をしっかりと。

6.野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、魚なども組み合わせて。

・食塩や脂肪は控えめに。

7.食塩は控えめに、脂肪は質と量を考えて。

・食文化や地域の産物を活かし、ときには新しい料理も。

8.日本の食文化や地域の産物を活かし、郷土の味の継承を。

・調理や保存を上手にして無駄や廃棄を少なく。

9.食糧資源を大切に、無駄や廃棄の少ない食生活を。

・自分の食生活を見直してみましょう。

10.「食」に関する理解を深め、食生活を見直してみましょう。

■適度な運動とバランスのよい食事で、適正体重の維持を

今回の改正点で私は一番評価している項目です。

日本は世界有数の長寿国となりましたが、それとともに、心臓病、脳梗塞や糖尿病と入った生活習慣病の増加が課題となっています。生活習慣病は食事だけでなく、運動習慣の有無が大きく影響することが分かっています。

肥満や運動不足による生活習慣病の増加は、昔の農業や工業など肉体を使う労働からデスクワークにシフトしたことが大きく影響していると考えられます。そのため「活動量に見合った食事」という指針から運動をすることを推奨する指針になったといえるでしょう。

これ自体はとても良いことなのですが、現実をみると、最近は残業など労働時間が増える傾向にあって、運動したくても時間が(だけでなく気力も)とれないような状況があるようにも思います。

食生活指針を参考にし、私たちが努力することはもちろん大切ですが、周囲の環境を整えるのは個人では限界があります。是非とも食生活指針が達成しやすくなるよう、国は労働環境の改善にも取り組んで頂きたいところです。

この適正体重の維持には、過体重だけでなく、無理な減量や高齢者の低栄養についても含まれているのが今回の改正のとても大事なポイントです。

若い女性では肥満よりもむしろダイエットによる「やせ」が問題視されております。体重を意識しすぎ拒食症になり、月経不順をまねくことがありますが、一時的なものではなく無排卵月経など将来の不妊原因にもなりかねません。また、この時期は骨量を増やす大切な時期ですが、栄養不足は閉経後の骨折や骨粗鬆症の危険性を高めてしまいます。スリムな体≠ヘルシーとうことなのですね。

■日本の食文化や地域の産物を活かし、郷土の味の継承を

新しい食生活指針の中で私が一番問題視している項目です。「食生活指針の実践のために」には、つぎのような提言が記されています。

・「和食」をはじめとした日本の食文化を大切にして、日々の食生活に活かしましょう。

・地域の産物や旬の素材を使うとともに、行事食を取り入れながら、自然の恵みや四季の変化を楽しみましょう。

・食材に関する知識や調理技術を身に付けましょう。

・地域や家庭で受け継がれてきた料理や作法を伝えていきましょう。

和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことや、食育基本法が制定され、食文化や伝統を学ぶ事が法律に記されたことが意識されている内容になっています。しかし、食生活指針の目的は国民の生活習慣を望ましいものへ導き、健康の増進を図るものであるはずです。文化や伝統を推奨することが正当性を持つためには、それが健康にむすびつく場合です。文化の継承を優先した結果、食生活指針本来の健康増進という目的が妨げられるようなことがあってはなりません。和食は健康増進のために国を挙げて勧めたい健康的な食事なのでしょうか?

■そもそも和食ってなんだろう?

和食という単語からどんな食事をイメージするでしょうか?

「一汁三菜形式の魚や野菜をふんだんに使った健康的な食事」、「素材の良さを引き出す繊細な料理」、「日本の伝統的な食事」、「定食型の食事」などイメージする食事は人により違いがあるかも知れません。農林水産省が平成25年に作成した「和食 日本人の伝統的な食文化」という冊子には、単純に料理を指すものでなく、「食材」、「料理」、「栄養」、「おもてなし」など文化や精神的な側面も重要な構成要素と書かれております。

健康的なイメージで語られる事の多い、伝統的な和食ですが、栄養面で一般的な日本人の食事がバランスのとれた健康的なものになったのは実はつい最近のことです。

例えば、和食につきものの魚介類ですが、新鮮な魚を毎日のように食べられるようになったのは冷蔵庫の普及と流通経路が整備された高度経済成長期以後のことです。明治から大正時代にかけての食事調査を読むと、1日の魚類の摂取量は20g前後で、魚離れを叫ばれる今と比べても3分の1以下の水準です。

江戸時代から昭和初期までの日本人の食事は、大量の主食(米、麦、雑穀、芋など)を塩辛く保存性を高めた野菜の漬物や少量の干物などで食べるというものが一般的でした。寒さの厳しい地域では農作物の採れる期間も短く、新鮮な野菜を食べられる期間は限られていました。

これは日本に限らないことですが、伝統的な食事は保存性を高めるため、どうしても食塩や糖類を多量に使用する傾向があります。栄養バランスを見ても、乳製品をとる習慣がないためカルシウム不足によるくる病、動物性食品が少ないことによる脳出血、脂溶性ビタミン不足などが指摘されます。

西洋を問わず、地産地消運動で栄養価の高く美味しい野菜の導入を図り、たんぱく質と脂質の多い今までの日本には少なかった料理法を採り入れることで、これまでの日本の食事の問題点が解決されたのが1970年頃と考えられます。私たちの健康的な食事の歴史はわずか数十年ぐらいのものなのです。

正確な定義ではありませんが、それ以前の伝統的な食事を「和食」、外来文化を採り入れたメニュー(ハンバーグや焼き餃子、ラーメンなど)や新しく考案された料理などを含めた、現在の主食と肉や魚をメインに小鉢と汁物がついたようなバランスのとれた食事を「日本食」と別けて考える事ができます。栄養バランスの比較的とれた食事は「和食」の発展系である「日本食」といえるでしょう。

これまでの食生活指針にあった「食文化や地域の産物を活かし、ときには新しい料理も」という項目は、いわゆる「バランスのとれた日本食」を推奨するものであったといえるでしょう。(実際の施策である食事バランスガイドの内容もほどほどの主食にたんぱく質の多い主菜と野菜をとれる副菜という構成になっています)

■食塩は控えめに、脂肪は質と量を考えて

全体的にみるとそれなりに望ましいと考えられる日本人の食事と栄養摂取ですが、いくつかの課題が指摘されています。食育の中でよく問題視されるのが食の欧米化による脂肪やエネルギーの過剰摂取です。確かに、肥満者の増加が問題となっており、脂質エネルギー比も昔に比べれば高くなっております。しかし、平均でみると脂質エネルギー比は30%未満であり、栄養学的に見て問題のない範疇におさまっています。脂質の摂り過ぎに気をつけることは必要ですが、現状では運動量を増やすことで解決できるレベルといえるでしょう。

日本で過剰と健康への影響が心配される栄養素の一番手はナトリウムです。一般には馴染みのある食塩量として示されています。食塩の摂り過ぎは高血圧の原因になることはよく知られておりますが、塩漬けなど、大量に食塩が含まれているものを日常的に食べていると、胃がんなど上部消化管のがんになりやすくなることが分かっています。そのため、最新の日本人の食事摂取基準では1日の食塩摂取量を男性で8g未満、女性で7g未満を目標量に設定しています。

ついこの間まで目標値は10g未満だったことを考えると日本人の減塩は大きく進んでいるのでしょうか。日本人の食塩摂取量は、低温流通と冷蔵庫の普及により生鮮食品が手に入りやすくなった時期に大きく改善しましたが、それ以降はゆるやかにしか減少しておらず、目標達成にはほど遠い状態です。

国民健康栄養調査の結果だけを見ると、減塩は順調に進んでいるようですが、それでも成人男女の平均食塩摂取量は10gと目標値におよばず、更なる減塩意識の改善が必要です。

ところで、この国民健康栄養調査なのですが、実際に料理の栄養価を分析するわけではなく、食事内容を記載する方式で行われています。ある程度の摂取量は推測できるのですが、どうしても誤差がつきまといます。現在の調査結果をエネルギー摂取量で評価すると、20%ほどの過小評価があると推測されており、実際の食塩摂取量はもう少し高いのではないかと考えられています。大規模な調査ではないものの、尿中のナトリウム量から食塩摂取量を推測した論文をみても、12gから14gという1日の食塩摂取量であるという研究もあり、日本人の減塩は進んでいるとは言えない状況です。

ぐだぐだと書いてしまいましたが、要するに日本の食生活の中でまず改善するのは食塩摂取量だ、ということです。

■減塩に本気で取り組んでいるのか?

ようやく本題です。食生活指針を解説した「食生活指針の解説要領」という冊子が関連3省からでているのですが、p15には次のような図が載っております。

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日本人の食生活の中で一番の食塩供給源は調味料ですが。特に醤油や味噌のような伝統的な調味料の寄与が大きいことがわかります。

減塩をうたいつつ、伝統的な和食や郷土料理の調理法を推奨するという姿勢は、アクセルかけながらブレーキを踏むような状況ではないでしょうか? 今回の食生活指針は私たちの健康を本当に大切にしようと思っているのか疑問を持ってしまいます。 

前回の食生活指針にあった、時には新しい料理をという視点を持ち、美味しい日本食の減塩をすすめていくという姿勢が必要であると私は思います。

■今回のまとめ

伝統的な食事は栄養バランスは必ずしも良くなく、しかも高塩分です。伝統を重視した今回の生活指針は健康をうたいつつ、実際には日本人の食事の最優先課題である減塩に対し、真剣に取り組んでいるとはいえない内容であると考えます。

伝統や文化を尊重することは否定しませんが、客観的なデータや栄養学の知見は蔑ろにしてはいけません。伝統は大切にしつつ伝統に拘らない健康な食生活指針をみんなで考えていきたいものです。