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『コード・ブルー』のヒットは月9再浮上のきっかけとなるのか?

成馬零一ライター、ドラマ評論家

 フジテレビ系月曜夜9時枠(月9)で放送されている『コード・ブルー ¬¬‐ドクターヘリ緊急救命‐THE THIRD SEASON』(以下、『コード・ブルー』)が好調だ。

 第1話の平均視聴率は16.3%(関東地区)、第2話は15.6%(同)と高い数字を維持している。

 本作はドクターヘリを題材とした医療ドラマ。フライトドクター達が事故現場にヘリで赴いて治療をする場面がドラマの中心となるので、極限状態の中でどれだけ適切な医療行為ができるのかが問われていくのだが、その姿は、戦場の衛生兵のようである。

 7年ぶりの続編となる本作だが、主演の山下智久、新垣結衣、戸田恵梨香、浅利陽介、比嘉愛未といったレギュラー陣が再結集し、有岡大貴、成田凌、新木優子、馬場ふみか、下垣真香が後輩役として出演している。

 かつては4人のフライトドクター候補生の成長物語に重点が置かれていたが、かつて新人だった藍沢耕作(山下智久)たち4人が先輩として、後輩の医師を育てられるのか? という組織論となっているのが、過去二作との大きな違いだろう。

 『ドクターX~外科医大門未知子~』(テレビ朝日系)を筆頭に、医療ドラマは天才医師が難しい手術を成功させることができるのかにドラマの重点が置かれがちだ。

 しかし本作は、個々の手術の成功の是非よりもチーム全体がどう機能するかを中心に描いている。

 新人の時は藍沢のように自分のスキルを伸ばすことに一心不乱になれる。しかし、キャリアを重ねて中間管理職的な立場になると個人のスキル以上にチームをうまく回すことができるかという、周囲をまとめて引っ張っていく力が重要になってくる。

 おそらく、本作の中心となるのは、藍沢から「指揮官になれ」と言われた白石恵(新垣結衣)なのだろう。

 

 藍沢たちが年齢を重ねたことで、医師としての課題が変化しつつあるのだ。

 海外ドラマで言うと『ER緊急救命室』 を筆頭とする複数の登場人物の物語が同時進行で描かれていく海外ドラマの影響が濃厚だが、日本的想像力という観点で見ると、『機動警察パトレイバー』や『新世紀エヴァンゲリオン』といったロボットアニメを見ている時の感触に近い。

 その意味で本作は医療モノではあるが『機動警察パトレイバー』の影響下に生まれた刑事ドラマ『踊る大捜査線』(フジテレビ系)以降、培われてきたフジテレビの組織モノの系譜の最先端だと言えよう。

成功の鍵の握るのは脚本家の安達奈緒子。

 新シリーズを第2話まで見て思うのは、前作を踏襲した手堅い作りの中に、新しい息吹を持ち込もうとしているということだ。

 それは脚本家が林宏司から安達奈緒子に変わったことに一番現れている。

 

 脚本・安達奈緒子、チーフ演出・西浦正記、プロデューサー・増本淳。

 この3人を中心としたチームは、三浦春馬と戸田恵梨香が演じる高校教師の困難を描いた『大切なことはすべて君が教えてくれた』、小栗旬が演じるITベンチャー企業の若社長を主人公にした『リッチマン、プアウーマン』を手がけている。

 

 最近では櫻井翔が車椅子バスケの選手を演じたSPドラマ『君に捧げるエンブレム』が記憶に新しい。個人的には2010年代にもっとも面白いドラマを作り続けているチームだと思っている。

 特に2011年の『大切~』を見た時の衝撃は今でも忘れられない。

 

 三浦春馬が演じる結婚間近の高校教師が、泥酔中に女子生徒と一夜を共にしたことをきっかけに巻き起こる騒動を描いた学園ドラマだったのだが、映像の緊張感がすさまじく、一話終わるごとにこの話はどうなるんだ? と毎週気になっていた。

 

 あらすじだけ抜き出せば、よくあるタイプの学園ドラマでしかないのだが、先が読めない物語と登場人物の台詞を通して展開される安達奈緒子の哲学(のようなもの)が出ていて、とても面白かった。

 安達の脚本にはドラマチックな人と人のぶつかり合いをテンポよく見せる娯楽性と共存する形で不器用で愚直ながら、嘘のない真摯なメッセージを伝えようという覚悟のようなものがあった。

 個人的には2010年代においてもっとも重要な作品の一つとして後世に残ると思っている。

 安達はフジテレビだけでなくNHKでも執筆しており、完成度の高いドラマを生み出している。

る。普通に考えれば安達の作風はNHKの堅実さと一番相性がいいため、最終的には朝ドラを書くのが一番本人の資質に合っているのだろう。

 つまり、月9で書くには真面目すぎるところがある脚本家なのだが、そんな彼女が書くことで生まれる月9ドラマは、エンターテイメント性と作家性が共存する優れた作品となっているのだ。

月9のネクストイノベーションだった『リッチマン、プアウーマン』

おそらく安達たちのキャリアにおいて一番の成功作となっているのは『リッチマン、プアウーマン』だろう。

 ITベンチャー企業の仕事がテンポよく描くと同時に、小栗旬が演じる若社長と石原さとみが演じる東大生のインターンとの恋愛を描かれた本作は、仕事と恋愛を描いてきた月9にネクストイノベーションを持ち込んだ。

 『ハゲタカ』(NHK)のような企業ドラマとトレンディドラマの華やかなテイストが共存した『リッチマン、プアウーマン』の路線を突き進めば、まだまだ月9は大丈夫だと思っていた。

 だが、残念ながら、『リッチマン、プアウーマン』に続くようなドラマは作られておらず、月9はみるみる凋落していった。正直、もうダメだ。と思っていたのだが、安達が参加した『コード・ブルー』を見た時に、久しぶりに月9らしさが帰ってきたと思った。

 

組織作りと子育て

 

 正直言うと、放送前はそこまで期待していなかった。

 

 キャスティング、スタッフワークともに完璧だと思ったが、過去作の続編というのが不満で、このチームでやるのならオリジナルで観たかったというのが本音だった。

 おそらく、これが今の月9の限界なのだろう。その意味で、苦渋の選択とも言える。

 だが、第2話まで見る限りでは、前作の良さを引き継いだ上で安達奈緒子の脚本の良さを活かした上で、新しい息吹をドラマの中に持ち込んでいる。

 見ていて気持ちいいのは一種のワーキングハイとでも言うような高揚感だ。

 『リッチマン、プアウーマン』でも描いていたことだが、個々の登場人物が一心不乱になって自分の仕事に打ち込むことで、相互に影響を与えながら、グルーヴ感が生まれていく瞬間が実に気持ちがいい。

 これは見せ方を間違えるとブラック労働によるやりがいの搾取になりかねないのだが、登場人物がいい意味でアッパーな仕事ジャンキーばかりなので、見ていて気持ちがいい。

 この労働観が今の視聴者にどのように受け止められるのかはまだわからないが、優しさと癒しとファンタジーが求められる時代に、現実を踏まえた上での理想を語ろうとする安達のスタンスは貴重である。

 また、これは安達だけのテーマではなく、月9の今後の在り方に関わることなのだが、仕事と、恋愛や結婚あるいは出産が両立できるのか? という問題に踏み込んでいるのはわかっているなぁと思った。

 

 第2話ではそのテーマが早くも全面化している。17歳で妊娠した女性が出産をするかどうかという話とシンクロする形で、藤川一男(浅利陽介)と同棲しているフライトナースの冴島はるか(比嘉愛未)が、子どもを産むかどうかで悩んでいる姿が描かれる。その一方で子どもの病気のために医師を辞めざる負えない上司の姿が描写される。

 また恋愛要素としては藍沢と白石恵(新垣結衣)が付き合うのではないかと注目されている。

 この辺りは昔の『コード・ブルー』が好きだったファンからは批判的な意見も多いのだが、今のドラマで流行っている男同士、女同士という異性を排除した同性だけの共同体を打ち出すのではなく、男と女が衝突しながらも同じプロジェクトに挑む姿勢を見せているのが本作と安達奈緒子の特色だろう。子どもを産み育てていくのかという課題は、組織内の後輩育成とも明確につながっているのだ。

『コード・ブルー』で月9浮上となるか?

 視聴率が高いことは嬉しいことだが、まだ過去作の貯金と期待値で持っているという面は否めないだろう。その意味で仮に『コード・ブルー』が大ヒットしたとしても、月9そのものが復活したとは言い難いというのが、現状だろう。

 次回作に予定されている篠原涼子が演じる主婦が市議会議員に立候補する姿を描く『民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?~』は、脚本家にAmazonプライムで放送されて一部で話題となった『東京女子図鑑』の黒沢久子という、今までとは違う才能を起用した点には注目しているが、こればかりは蓋を開けてみないことにはわからない。

 何より、この一年で「今の月9はつまらない」というイメージがあまりにも定着してしまったので、そのイメージを拭い去ることは簡単ではない。

 だが、『コード・ブルー』が成功したと仮定して、再び『リッチマン、プアウーマン』のような仕事と恋愛をバランスよく描いた新しい時代のトレンディドラマをコンスタントに作ることができれば、また状況は変わっていくのかもしれない。少なくともこのチームならそれを実現することは可能だ。

 そういった月9の困難は、戦力が少ない中で藍沢たちが現場と必死で向き合いながら、後輩を育てて組織を立て直そうとする姿勢と重なる。

 その意味で月9とフジテレビの現状が強く現れたドラマである。

 人気ドラマの続編である『コード・ブルー』を作ったことに対して「守りに入っている」と言うのは簡単である。しかし、今のフジにとって重要なのは、むやみやたらと攻めることではなく、しっかりと守りを固めることではないだろうか? 守りを固めると言うと若干ネガティブに聞こえるかもしれないが、それは言い変えると「脚本と演出がしっかりとしたドラマを作る」ということである。

 どうも、近年のフジのドラマは企画先行で人気俳優をそろえることにばかり気持ちが言っており、肝心の中身、特に脚本に関してはおざなりになっていたように思う。

 そのためには、プロデューサーが作りたいドラマのイメージを明確に持っていないといけない。大事なのはあくまで作品なのだ。

 その意味において『コード・ブルー』はあらゆる面においてバランスが良い。

 今作が成功すれば月9が浮上する最初のきっかけにはなるのかもしれない。

ライター、ドラマ評論家

1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に「TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!」(宝島社新書)、「キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家」(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。

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