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『お母さん、娘をやめていいですか?』の母親役がヤバい。斉藤由貴が女優として再評価されつつある理由。

成馬零一ライター、ドラマ評論家

ニッポン俳優名鑑 Vol.7 斉藤由貴 出演作『お母さん、娘をやめていいですか?』(NHK)

『お母さん、娘をやめていいですか?』に出演している斎藤由貴が怖い。

スティーブン・キングのモダンホラー小説に出てくるヤバい人を見ているかのようだ。

本作は金曜夜10時から放送されている連続ドラマ。脚本は『昼顔 平日午後3時の恋人たち~』(フジテレビ系)等で知られる井上由美子。

斉藤由貴は教師の娘・早瀬美月(波瑠)に対して異常な愛情を持つ過保護な母親・顕子を演じている。

第一話冒頭、デートで恋人を振った美月は、母親の顕子とメッセージ交換アプリで連絡を取り合う。

思春期にインターネットも携帯電話もなかった世代の人間としては、母親と携帯電話で友達のようにやりとりしているだけでも、結構驚くのだが、これくらいのことはいまどき珍しいことではないのだろう。

しかし、母親の顕子は娘を尾行しており、デートをしている姿を影から見守っていた。どうやら顕子はデートの度に娘に内緒で監視していたらしいのだが、ほとんどストーカーである。

「友達といるよりママといる方が楽しい」と思っている美月だが、実は母のことがストレスで頭に10円禿ができている。

美月は明るく真面目だが、どこか自分に自信が無いように見えて、学校でうまくかないことがあると母親にスマホで相談する。

本人は気づいていないが完全に母親にスポイルされている。

しかも顕子の方にその自覚がなく、自分のやっていることが愛情だと疑っていないのが、何とも恐ろしい。

優等生的な女性を演じさせるとハマる波瑠が母親と仲が良い娘を演じたことで、歪さが更に増して見える。

母親が気に入る男でないと付き合おうとしない潔癖な姿は、スティーブン・キングの『キャリー』のようで、こういうお母さんに育てられたら主体性がどんどん奪われてヤバいことになるよなぁと、思えてくる。

物語は教師の美月が、学校に馴染めない女子高生・後藤礼美(石井杏奈)の指導に失敗して学級崩壊する姿と、新築住宅の工事で知り合った現場監督の松島太一(柳楽優弥)と恋仲となっていく姿を見せていく。

その一方で、父親の早瀬浩司(寺脇康文)がリストラ寸前で、祖母の玲子(大空眞弓)と顕子の間にも不穏な空気が流れている。

第2話では母親のストーキングに気づいて、早くも美月が疲れ果ててパンク寸前となっている。

対して顕子は美月と急接近する松島に対して不穏な感情を持ち始めている。

劇中では顕子が美月を分身にすることで、自分の願望を無意識にかなえようとして、美月と自分を同一化しているかのように見える。

演じ方によっては安っぽくなりかねない役だが、斉藤由貴はいつもの彼女のまま、危ういことを言うので、ひたすら不穏である。

多角的な立場から“母親という存在について”描こうとする展開は、井上由美子らしい巧みな脚本だが、仲が良すぎる母娘関係に見え隠れする歪さを抽出し、母親役を斉藤由貴が演じた時点で、本作の成功は約束されたも当然と言っていいだろう。

斉藤由貴・再評価の背景

昨年から、斎藤由貴が出演するドラマの話題作が続いている。

『THE LAST COP/ラストコップ』(日本テレビ系、2016年)では、1985年に事故で意識不明のまま昏睡状態に陥っていた唐沢寿明が演じる刑事が目を覚ますきっかけとして同じ年に流行っていた斎藤由貴のデビュー曲「卒業」がキーアイテムとして使われ、斉藤由貴も本人役で登場していた。

大河ドラマ『真田丸』(NHK、2016年)では徳川家康の側室・阿茶局を演じ、大阪の陣で和議交渉を行う場面が描かれたのだが、おっとりとした口調で容赦なく豊臣家を不利な状況に追い込んでいく姿は見ていて恐ろしかった。

その姿は『お母さん、娘をやめていいですか?』の顕子にも通じるものがある。

おそらく今の彼女のイメージに大きな影響を与えているのは、昨年(2016年)から放送されているKDDIの「au森家シリーズ」というCMだろう。

このCMに斉藤はお母さん役で出演しており、姉(夏帆)とのやりとりを描いたものと、弟(岡山天音)とやりとりするものがあるのだが、どちらも可愛いお母さんとして話題になっていた。

実際、アイドル時代の全盛期を彷彿とさせる可愛さなのだが、こういったイメージが生まれたのは、2012年に11kgのダイエットに成功したとトークバラエティで語って以降だろう。

2000年代の斉藤由貴は、ポスト藤田弓子とでも言うような愛嬌のあるお母さん役に落ち着くのかと思っていたのだがが、ダイエットに成功して以降はおばさん少女とでも言うようなアイドル性が再び蘇っている。

『お母さん、娘をやめていいですか?』の母親役は、CMにおける少女のような母親像を踏まえた上で、大きくひねっていて、少女の無邪気さを持ったお母さんが友達のように娘と接することで起きる怖さを、ホラーとして見せることに成功している。

『運命に、似た恋』の原田知世もそうだが、今のNHKは80年代のアイドルを主役に抜擢して、おばさん少女のように撮る作品がじわじわと増えている。

それ自体は日本全体が高齢化して日本人の精神年齢が若くなっていることの影響もあるのだろうが、本作の場合はそのことに対する批評性のようなものも見え隠れするのが怖いもの見たさで興味を持ってしまう由縁だろう。

斉藤由貴が象徴していたもの

斎藤由貴は1966年生まれの現在50歳。

1984年、少年マガジン(講談社)の第3回ミスマガジンでグランプリを受賞。

翌年「卒業」で歌手デビューを果たし、同じ年にドラマ『スケバン刑事』(フジテレビ系)で連続ドラマ初主演女優を果たす。

大きな目と少しぽっちゃりとしたグラマラスな身体が魅力的で、今見るとアニメや漫画のヒロインがそのまま現実に現れたかのようなかわいさである。

その後も芸能活動は順調で、86年には連続テレビ小説『はね駒』(NHK)に出演し、その後も『あまえないでヨ!』(フジテレビ系)や『はいすくーる落書』(TBS系)などに出演。映画では相米慎二の『雪の断章-情熱-』や黒柳徹子の自叙伝を映画化した『トットチャンネル』などに出演している。歌手としても女優としてもコンスタントに活躍しているが、今振り返ると、いわゆる代表作な何かと言うと難しい。

特にテレビドラマに関しては80~90年代の作品に関しては当時の主流だったトレンディドラマ路線の作品には出演しなかったためか、女優としてのわかりやすい代表作がない。 

そして、94年に28歳で結婚した後は子育てもあったためか、ドラマや映画の主演作はどんどん減っていく。それ以降の作品を見ても、世の中が彼女をどう取り扱っていいのか迷っているように見えて、30代の活動は少しぼんやりとしている。

80年代アイドル再評価の流れを作った宮藤官九郎

転機となったのは、40歳となった2006年に出演した昼の帯ドラマ『吾輩は主婦である』(TBS系)だろう。

脚本は宮藤官九郎。平凡な主婦に夏目漱石の幽霊が乗り移ってしまうというラブコメディだ。

それ以降、斉藤由貴は母親役が増えていき女優として新しいステージに入るのだが、2000年代に宮藤官九郎がTBSのプロデューサー・磯山晶が制作したドラマは、薬師丸ひろ子、小泉今日子といった80年代に活躍したアイドルや女優が起用されることが多く、それが後の『あまちゃん』(NHK)ブーム以降の80年代アイドル再評価につながっていく。

『吾輩は主婦である』に斉藤由貴を起用したのもその流れの一つだろう。

しかし、小泉今日子なら80年代アイドルのパイオニア、薬師丸ひろ子なら角川映画を象徴するアイドル女優といった具合に、ドラマや映画に出演する際に、その女優を起用することで象徴される文脈が見えるものだが、斉藤からはそういったわかりやすい文脈が見えにくい。

もちろんデビュー曲の「卒業」や『スケバン刑事』出演といったキャリアは今でも語られているが、アイドルとしての彼女が80年代にどういう存在で、今のアイドルや芸能界にどのような影響を与えたのかということは、今の視点からだと、わかりにくいところがある。

おそらく斉藤由貴の魅力は本人の出自によるところが大きいのだろう。

デビュー前の高校時代には漫研に所属しており、詩や文章に嗜み一時期は月刊カドカワで連載をしていた斉藤は生徒たちの中心にいる美少女というよりは、教室の隅っこにいるメガネをかけた文系オタク女子みたいな存在で、本来なら芸能界にような華やかな世界に来る人ではなかったのかもしれない。

仮に小泉今日子が最先端のオシャレのものに入の一番で飛びつくサブカル女子の草分け的存在なら、斎藤由貴はオタク女子の草分け的存在で、彼女の成功があったからこそ、中川翔子を筆頭とするオタク趣味を堂々と披露するアイドルが後に続けるようになったという面もあるのだろう。

ミスマガジンでグランプリを受賞して、少年マガジンに水着グラビアが掲載されると、全国から5000通以上のファンレターが届いたという。自分にコンプレックスがあった斉藤はそのことに驚いていたが、おそらく当時、彼女を見た若い子たちは、より自分に近い女の子がいると思ったのではないかと思う。

そんな斉藤由貴と同様、同じ世代を生きたファンが今はもう50代の親になっていて、娘と同じ感性で漫画やアニメをいっしょに楽しんだり、恋の話ができるようになっているというのは、一見すると素晴らしいことだ。

しかし、そこまで大人と子どもの垣根が消えてしまい反抗する隙間すらない状態で溺愛されてしまうと、逆にスポイルされてしまうのではないかというのが、『母さん、娘をやめてもいいですか』が描いている怖さだろう。

これからの斉藤由貴

近年の斎藤由貴は教祖的なカリスマ性というか、甘い声に乗せられて楽しい気持ちでいると、とんでもない世界に連れていかれるような恐さがある。

もちろん10代の時から巫女的な神秘性はあったのだが

母として成熟した後で再び少女のような外見を取り子どしたことで年齢を超えた魅力を宿しはじめている。

その意味で現在の斉藤由貴はアイドル的な魅力が、一周して高まっているとも言える。

『真田丸』や『お母さん、娘をやめてもいいですか?』は、そんな斉藤のカリスマ性を活かした配役だったが、今後もこういった役柄が増えていってほしい。

個人的には稲田朋美防衛大臣を見る度に斉藤由貴を思い出すので、政治家の役なんか面白いんのではないかと思う。

ライター、ドラマ評論家

1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に「TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!」(宝島社新書)、「キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家」(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。

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