番号制度導入のためのコスト負担は誰がするのか

今回は、番号制度(マイナンバー)導入における問題提起をしたい。

まず、徴税の公平性確保という観点から番号制度によって収入を正確に補足することは必要であり、制度の導入については支持したい。また、オンラインでの本人確認が可能になることは多くの利用者にメリットをもたらすことができる可能性が高く、インターネットのより有効な利用を図るという観点からも導入には期待をしている。しかしその一方、番号制度導入のコスト負担の多くを民間が自費で負担することになることについては、あまり注目されていない。今の経済状況に照らして、番号制度導入の負担が及ぼす経済への影響をきちんと考えていく必要があるのではないか。

現在、消費税が8%に上がっていったん小売りなどへの影響は出たものの、それも乗り越えられそうな状況に見える。もちろん家計や経済への影響は少なくないが、国の財政を考えて多くの国民は理解を示しているのであろう。しかしながら、それは、前提として日本の経済が上向きの状態を保てていることが条件である。

総務省の家計調査報告2014年4~6月速報によれば、勤労者世帯1世帯当たりの1か月平均の実収入は前年同期比で名目0.4% 、実質4.5%の減少である。可処分所得についても前年同期比で名目0.6% 、実質4.7%の減少であり5期連続しての減少となっている。家計は厳しく、一方でそれを支える基盤となっている企業収益も2014年3月期で見ると、売上高は全体では前期比約 12.5%の増収、経常利益は全体で 35.2%の増益となっている(みずほ総合研究所2014年6月16日付資料より。http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/mk140616.pdf)ものの、2015年3月期の予想値は売上高については前期比+3.3%、経常利益については前期比+1.1%に留まっている。物価は緩やかに上昇しているものの、企業業績の回復が給与水準の上昇にはまだまだ結びついていない。このような可処分所得が増えない中では、消費者の価格志向性が高くなり、サービスや商品の供給サイドが短期的に売上を確保するためには低価格戦略を捨てることも難しく、物価を下げる方向での圧力とならざるを得ない可能性もある。

つまり、企業をはじめとして事業を行っている人たちは、継続して生産性の向上を図っていく必要があり、売上だけではなく利益の増加を図っていくことが強く期待されている状況にありながら、収益の源泉となる消費を巡る環境は厳しいということである。そして、来年秋には消費税が10%に上げられ、環境はさらに厳しくなる。

このような環境下で番号制度は、事業主に生産性の向上に資することがない社内の給与計算システムの改修やセキュリティ強化に多くの費用を負担させるものになっている。あえて極論すれば、現在検討されている番号制度の具体的な導入の方法は、リスクとコスト負担を国民に散蒔く仕組みになっているとも言え、番号制度導入によってどのようなメリットを国民が享受できるかということが明確に説明されていない。税務署に提出する書類に番号の記載が必要となると、その番号を事業主が取得、管理しなければならない。事業主にとって、個人情報以上に番号の安全を確保する義務は重く課される一方で、当該番号を事業主自身は利用することができないにもかかわらず保有を強いられることになる。一定規模の大きさの企業であれば給与システムの改修をすることや、セキュリティ対策を強化することで対応はできそうにも思えるが、そのために多大なコストが必要となることを忘れてはならない。これまでも所得税の源泉制度や地方税の特別徴収など、本来は国や地方自治体が負担すべき徴税費用を事業主が負担してきている。企業の収益に余裕があるときであれば良いが、前述のような経済の立て直しと成長が必要なこの時期に、生産性の向上には貢献しない内部システムに多大な費用をかけなければならないという負担を事業主、ひいては国民に負わせても良いのであろうか。また、事業主の中には個人商店のような個人事業主も含まれる。そういった事業主も、従業員やアルバイトなどを雇用すれば同様に番号の保有と管理義務が負わされることになる。小規模であっても殆どの事業主は給与計算のコンピュータ化を図っているに違いないから問題無い、という意見を言う方もいるが、果たしてそれは真実なのであろうか。仮にコンピュータで処理がなされていたとしても現代のようにネットワークに接続されている機器のセキュリティを十分に守る術を小規模な事業者が持ち合わせていると安心しても大丈夫なのであろうか。それとも、セキュリティ確保対策も売上や利益には貢献しないというのに小規模事業主含め事業者にコスト負担を強いるべきなのであろうか。また、コンピュータ化されていないところは紙ベースで管理することになるが、給与支払の書類を管理するために堅牢な金庫などを用意させるというのであろうか。

指摘したい点は3つある。

1つ目は、実はシステム設計は柔軟にできるため、コストとリスクの適正な分配が重要だという点である。使うことも許されず管理責任だけを負う番号など持ちたくないというのが多くの民間事業者の本音ではないか。それであれば民間側が持たないですむ設計は十分に可能である。その場合、システム設計の費用を国が負担しなければならず予算上の手当が必要にはなる。国のシステム設計の費用を安上がりにすることは関係する省庁の視点からは望ましいのであろうが、そのしわ寄せを民間に寄せるというコンセンサスを国民から得ているのであろうか。確かに、民間にシステムを作るコストやリスクマネジメントのためのコストと責任を負担させてしまえば総額のコストが見えづらくなり、誰も意識せずに済むと考えているのかもしれない。しかし国のシステムを設計し、動かす側に立つ者は、社会コストを適正に図って行く役割を負わなければならない。それとも、正しい徴税を目指すという正当な目的を果たすためにも、国がそのコスト負担と責任を負うべきだと考える人間は少数派なのであろうか。全体のシステム設計コストを考えても国が中心となり、事業主や地方自治体のコストとリスク負担を最小限に抑える方が効率的であり、社会コストを最適に分配することにつながる。適切な分配と言ったのは、番号の取得や保管を民間がしないようにしたとしても一定のシステムの改修や協力が民間に求められることを否定しているわけではないからである。両者の恊働が必要な分野であるからこそ、どこまでを国が負担することが合理的であり、どこからが民間が負担することが合理的であるかという問題であるからと考えている。要はバランスの取り方が重要だということだ。

2つ目は、前述したとおりオンラインで本人確認をすることができるようになればインターネットを通じて様々な手続が行いやすくなるということが期待できるのだが、それをどう実現できるかも番号制度のシステム設計にかかっているという点である。番号制度の導入については番号の漏洩に対する懸念が最も配慮されているところであり、そのために民間利用なども制約されている。それであればこそ、設計次第では民間側が番号を持たない形にもできるというのは1つ目にて指摘したとおりである。様々な行政システムの非デジタル化がオープンガバメントの促進を阻害している要因であり、番号制度はそれを解くための鍵となるべきものの一つである。そのために初期設計が極めて重要であることを考えれば、国がコストを負担して、番号を周知したり番号カードを配布したりする役割を担うことになっている地方自治体もリードしていくのが求められる姿ではないか、ということである。

3つ目は、番号制度の仕組みを利用した本人確認など民間企業による利活用が認められれば業務効率化が図られ経済的なメリットも大きいと言われているが、その効果が明確ではないこと、どの産業分野で、どの程度の効果があるのかも十分に説明されていないということである。仮に上記のような社会コストの負担を民間側に寄せたとしても、なお経済効果としてはプラスに働くという理由で合理性を説明できるのであろうか。また、その場合にシステム全体が2つ目に指摘したような形に最適化できるのかどうか。

何れにしても、全体のコストもメリットも評価しないままに設計が一人あるきしつつあることが最大の懸念点である。アベノミクスの効果への影響も少なくなく、これからのオープンガバメントの基礎を築くものでもあることを考慮すると、今一度、適正な設計がどうあるべきかについて議論すべきだと考える。